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Act9-351 誇り高き姿に

「黒狼望」の刀身の破片が宙に浮いていた。


 きらきらと輝きを放ちながら、宙に浮いている。その破片がいまの俺の顏を映していた。破片に映り込んだ俺は呆然としていた。呆然としながら、ただその破片を見つめていた。


「あらあら、脆い剣ねぇ。すこぉし曲げただけで簡単に折れちゃうんだもの」


 くすくすと楽し気に笑いながらスカイディアは「黒狼望」の切っ先を弄っていた。


 二つに分かれた刀身。その刀身をスカイディアは指先で弄っていた。刃に指を当てたり、刀身の折れた部分を眺めてみたり、と親に与えられたオモチャをいろんな角度から眺めて楽しんでいるかのようだ。


「ふむふむ。ナイトメアウルフの牙と魔竜の素材を使った剣なのねぇ。そこにアダマンタイトとさらに魔竜の素材を追加して強化したと。なかなかの逸品だったみたいだけど、酷使しすぎだったみたいねぇ。刀身の内側がもうボロボロよ? あなたって道具遣いが荒いのね、カレン」


 スカイディアは笑っていた。「黒狼望」を道具とはっきりと言いきってだ。


「道具じゃない!」


「あら?」


「「黒狼望」は道具なんかじゃない! ガルムの魂が宿った無二の剣だ!」


「ガルム? あぁ、シリウスちゃんの本当のお父さんね? そう、そうだったわねぇ。あなたってば、シリウスちゃんのご両親を殺して、その素材を使って剣を作ったのよねぇ? ねぇ、どんな気分だったの? 愛娘と呼ぶ子の親御さんを揃って殺したうえに、その子をまるで我が子のように育て上げるのって、どんな気分だったの?」


 スカイディアは顔を近づけながら言った。その目は暗い喜びに満ちていた。俺を苦しめることが楽しくてたまらないという顔をしている。


 性悪女という言葉があるけれど、ここまでその言葉が似合う相手もそうはいない。とっくに乗り切ったことではあるけれど、それでも改めて突きつけられると胸が痛かった。


「……おまえに教える理由はない!」


 短くなった刀身で薙いだ。元よりも大分短くなってしまったけれど、顔を近づけてくれたおかげでスカイディアとの距離はだいぶ短い。


 短くなった刀身でもあの女の首を刎ねることはできる。躊躇うことなく、「黒狼望」を振るった。だが──。


「だからダメよ、カレン。この剣はすでに死んでいるのよ? 私がトドメを差したけれど、その前からすでに死んでいるような状態だったのよ? だからこうなるのも当然じゃないの」


 ──スカイディアの首に触れる前に、スカイディアの左手の人差し指によって止められてしまった。いや、それどころか、刀身が音を立てて崩れていた。


『……ここ、までか』


 ガルムの申し訳なさそうな声が響いた。その物言いはまるでスカイディアの言っていることが正しかったと言うかのようだった。


「ガルム! しっかりしろ、ガルム!」


『すまぬ。主よ。我はここまでのようだ』


「なにを、なにを言っているんだよ!?」


『それは』


「ふふふ、わからずやねぇ、カレンは。さっきから言っているじゃないの。この剣はもう死んでいるのよ。とっくの昔にもう剣としての機能は果たせなくなっていたのよ。なにせ芯がすでに砕け散っているのだもの。この剣は見た目だけのものに、外見だけは剣としての機能を果たしていたというだけなのよ?」


 スカイディアの言っている意味がわからなかった。外見だけが剣としての機能を果たしていた? 


 どういう意味なのかがわからない。スカイディアの言っている意味を理解することができない。


「どういう、どういう意味だ!?」


「簡単な話よ。あなたの力に、あなたの中途半端な力にこの剣は耐えられなかったというだけのこと。もともとあなたの力に合せて作られていたわけじゃないのだから、とっくの昔に寿命を迎えていてもおかしくはなかった。でもこの剣は意志ある武器だった。だからこそ偽れたのでしょうねぇ。まだあなたが遣えるようにと必死に自己修復と幻覚を繰り返していたんでしょうね。もっとも芯が砕け散っている以上、自己修復をしたところで意味はないのだけどねぇ。無駄なあがきをしていたってことよ。あなたと同じでねぇ。あはははは、ペットは飼い主に似るというけれど、それは剣と遣い手にも言えるのねぇ。おかしいわ、あははは!」


 スカイディアが高笑いをしている。でもいまはそんなことはどうでもいい。大事なのは確認をすることだった。


「本当、なのか、ガルム?」


『……すまぬ。「禁足地」での戦いですでに我が刀身は限界を迎えていた。だが、それでも主とともにありたかったのだ』


「「禁足地」での戦いって、あのとき?」


『うむ。全属性を付与したとき。いや、あのときはまだ耐えられた。だが、その後「天」と「刻」、そして「嵐」の力を付与したとき、我は限界を超えたのだ』


 ガルムの言葉に目を見開かされた。あのとき、たしかに爆発するような衝撃は感じていた。


 でも、それは俺の感覚的なものだと思っていた。


 だけど、あれは本当に「黒狼望」の刀身の中での爆発だったのか。それをガルムが必死に抑えこんでくれていた。


 でもそれを俺は自分の力だと思い込んで、死体に鞭を打ちつけるようなことを、すでに死に体のガルムを酷使し続けていた。


「ガルム」


『……すまぬ。最後のときまで主とともにありたかった。だが、我はここで』


「そうよ。ここでこの剣とはお別れよ、カレン」


 スカイディアの手が「黒狼望」に伸びた。俺が握る柄を掴むと、「黒狼望」の柄が赤熱化していく。その熱量に耐え切れず、手放してしまった。


『すまぬ、我が主カレン』


 ガルムが謝っている。柄だけではなく、残ったわずかな刀身さえも赤熱化して、ゆっくりと融解していた。それでもガルムは、ガルムこそが被害者であるはずなのに、俺に対して謝っていた。


「ガルム、ガルム!」


「黒狼望」にと手を伸ばす。でも触れる寸前でスカイディアの手が俺の胸に触れた。「はい、残念」とまた楽し気に笑った。同時に俺の体が宙を舞った。視界に映るのは青い空と紅い血だけ。


「パパ!」


 カティの慌てる声。次いで後頭部を柔からな体毛に包まれた。宙を舞った俺をカティが受け止めてくれたようだった。


 だが、その際にスカイディアと「黒狼望」を振り落すことになったのか、背中にあの女と「黒狼望」の姿はなかった。


「ふふふ、お別れね、カレン。ばいばいってしてあげなさいな」


 カティの背中にはいない。だが、あの女は空中にいた。そしてその視線の先には融解し続けている「黒狼望」があった。すでに刀身はなく、柄も半分ほどに短くなっていた。


『……すまないな、主。我がもう少しまともな剣であれば、こんな目に遭わせなかった。本当に申し訳ない。申し訳ないついでに、シリウスとマーナを頼む』


「ガルム! 待て、待ってくれ、ガルム!」


『さらば、我が友。我が最高の主よ』


「黒狼望」の柄が消えていく。柄が消える寸前に人化したガルムの姿が見えた。


 ガルムは笑っていた。最後の瞬間にたしかに笑っていた。生身の体があったときのように、俺が首を斬りおとしたときのように誇り高い姿を見せていた。


 やがて「黒狼望」の柄は消えた。同時に人化したガルムの姿も掻き消えた。残るのはどろどろに溶けた剣だったものの残骸だけだった。


「ガルムぅぅぅ!」


 いなくなってしまったガルムを想いながら俺はただ叫んでいた。こうして俺は愛剣と友人を一度に失ってしまったんだ。

 徐々に大切なものを喪っていく香恋でした。

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