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Act9-350 隔絶した力

 落雷とともに現れたスカイディアは笑っていた。


 元からよく笑う女だったけれど、いままでといまとでは笑顔の質が変わっていた。


「写し身、だと?」


 スカイディアは言った。「私の写し身を殺せたなんてすごい」と。写し身というのはたぶん分身ということなんだろうけれど、その分身でも嫌になるくらいに強かった。それをようやく倒せたと思ったら、それは分身だったなんて、笑えない冗談だった。


 だけどあの女はその笑えない冗談を本気で言っている可能性が高い。あの女が浮かべている笑顔はいまや生き生きとしたものになっていた。


 こっちはすでにボロボロだっていうのに、あの女は生き生きとしている。それこそいままでのやり取りを持家度繰り返しても問題はないと言っているかのようにだ。


「ええ、いままであなたたちが戦っていたのは私の写し身よ。まぁ、写し身と言っても意識は私のものだったけど。違うのはあなたたちと対峙していた私は、偽物の体を使っていたということ。そしていまここにいる私は私本来の体を使っているということ。ほら、たった少し。ほんのわずかな違いでしょう?」


 ニコニコと楽し気に笑いながら、なんとも言い難いことを言ってくれるスカイディア。モーレが最期に「偽物」だと言っていたし、俺自身あのスカイディアが本物ではないと見抜くことはできた。


 でもそれをこうして突きつけられるとなんとも言えない気分になってしまった。


 偽物を倒すためだけに、俺はモーレを喪い、カルディアを穢され、サラさんの夢を断たれてしまったのかと思うと腹が立つ。腹は立つけれど、あの女に勝てるイメージがまるでわかなかった。


 偽物のあの女を相手でもボロボロにされてしまった。偽物と本物。どちらがより強いのかなんて考えるまでもない。


 けれど考えようによっては、チャンスでもある。あの女はいま生身だった。どうにか一撃でも、それも急所に一撃を与えられれば殺すことはできる。モーレの仇を討つことができるんだ。


 偽物と本物との間にどれほどの差があるのかはわからないけど、隔絶しているというわけではないだろう。


(隔絶していたら、死ぬことになるけどね)


 分身でボロボロなのに、本物は偽物なんて歯牙にかけない強さであったら、俺たちは全員死ぬことになる。できれば、そこまで隔絶した強さでないことを祈りたい。奇跡でも運でもいいからワンチャンスがあれば、という可能性に懸けたい。


「でも、やっぱり生身の体は違うわねぇ。さっきまでの写し身とは違って、とても動きやすいもの」


 真後ろで声が聞こえてきた。振り返りながら「黒狼望」で斬りかかった。


(いまどうやって移動した!?)


 斬りかかりながらも内心では動揺していた。スカイディアは気づいたら真後ろにいた。カティの背中に乗っている俺の真後ろにいた。


 どうやって移動したのかはわからなかった。気づいたときには後ろにいたんだ。


「刻の世界」を使って移動でもしたのかと思ったけれど、「刻の世界」を使われたようには思えなかった。瞬間移動のように一瞬で移動したとしか思えなかった。


 そんな相手に斬りかかったところで意味はないかもしれない。それでもあの女の好き勝手にさせたくなかった。


 だから斬りかかったんだ。破れかぶれとも言えなくはないかもしれない。


 でも黙ったままではいられなかった。嘗められたままではいたくなかった。もはやただの意地だった。そんな意地を張った剣は──。


「ふふふ、遅い遅い。あくびが出るわ、カレン」


 ──スカイディアの人差し指と中指によって挟まれてしまった。


 真剣を相手にしているというのにも関わらず、スカイディアはなんのためらいもなく剣を挟み込んで止めた。それは単純に「あなたの剣は通用しない」と言われているようなものだった。完全に嘗めきられている。


「嘗めるなよ!」


 挟み込まれた「黒狼望」を指の間から抜き、そのままの勢いで斬りかかろうと力を込めた。


 だけどどんなに力を込めても「黒狼望」を指の間から抜くことはできなかった。


 あの女は力を込めている風には見えなかった。だというのにびくともしない。ぴくりとも動かずに、ただあの女の指に挟まれたままだった。


「なん、でっ!?」


「単純な話よ? あなたが弱くて、私が強いだけ。ね? 単純でしょう?」


「ふざけんな!」


 スカイディアに噛みつくようにして渾身の力を込めて「黒狼望」を抜こうと体を仰げ反る。けれど「黒狼望」は動かなかった。どんなに力を込めてもあの女の指の間から刀身が抜け出てくれなかった。


「ふふふ、無駄な努力ねぇ、カレン。だからその無駄な努力をしないようにしてあげるわ」


 にやりと口元を歪めて、邪悪にあの女が笑った。同時に「黒狼望」を挟んでいた手が動いた。


「黒狼望」を挟んだまま手を回転させた。


「黒狼望」の刀身は無理な回転のせいでその身をひしゃげていき、そして「パキィン」というやけに甲高い音を立てた。


『すまん、主』


 ガルムの無念そうな声が聞こえた。その声を聞きながら俺は自分の顏を見ていた。


 空中に浮いた「黒狼望」の刀身の破片に映った、呆然とした俺自身の顏をただ見つめていることしかできなかった。

 わりと絶望的なシーンになったかなぁと思いたい←

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