Act9-349 写し身
本日三話目です。
「わふぅ!」
むふぅと鼻息を荒くしながらカティは、胸を張っていた。ずいぶんと大きくなった尻尾をこれでもかと振っている。
いまは獣人の姿ではなく、巨体の狼の姿になっていて、表情の変化が少しわかり辛い。
でも、舌を出しながらじっと俺を見つめているのは、「誉めて、誉めて」と言われているように思えてならない。
いや、誉めてほしいんだろう。期待に満ちた目で俺を見つめているもの。よく見ると目がキラキラと輝いていた。
(……本当に大きなわんこになったなぁ)
感情表現が完全にわんこだった。わんこにしては巨大すぎるけど、思えばカティは感情表現がわりとストレートで甘えん坊な子だった。
いわば、もとからわんこのような性格をしていた。つまりいまさらだった。
ただ獣人の姿ではなく、巨体の狼になっているのが、わずかに違和感を与えているだけだ。
「えっと、おいで?」
両腕を広げるとカティは「わふぅ!」と嬉しそうに俺のまな板胸に顔を突っ込んできた。……その勢いに体が吹っ飛びそうになったのは秘密だ。
カティ自身、巨体になったことを理解してはいるのだろうけど、感覚が獣人の姿のものだから手加減がいまひとつ下手なようだ。
まぁ、娘が甘えてくれているのだから、すべて受け入れてこそのパパと言える。
俺はダメダメなパパだけど、娘たちを愛でることには躊躇いはない。
むしろドンと来いと言ってもいいほどだ。
それにカティが甘えるのも当然だ。最初胸を張っていたのだって、胸を張るのも無理もない大金星を挙げたのだから、あたりまえなことだった。
なにせカティはスカイディアを倒したんだ。
現時点での問題は去ったと言ってもいい。一番の問題だったスカイディアはいまカティの足の裏で原型を留めることなく潰れていた。
そう、カティは見事にスカイディアを討ち取ったんだ。……カティ自身は噛み殺すと言っていたけど、結果的に討ち取れたのであれば、大きな問題はない。
そう、問題はない。問題はない、はずだった。だけど妙な不安があった。
最後、スカイディアは笑っていた。
カティが振り上げた足が頭上に迫っていたというのに。死がすぐそばにまで迫っていたというのに。あの女は笑っていた。口元を大きく歪ませて笑っていたんだ。それまでも似たような笑みを浮かべていたスカイディア。
でも最後の笑顔はいままでみたことがないほどに邪悪なものだった。
いや、狂気に満ち溢れていた。
あの笑顔の理由はなんなのか。なんで死が迫っていたのに、あんな笑顔を浮かべていたのか。
(……悪寒と言うのかな、これは?)
なにかがおかしい。危険かどうかはもうわからない。危険察知能力がおかしくなっているのか、危険かどうかがわからなくなっている。
でも、いまが明らかにおかしいであろうことは理解できていた。
「わふぅ?」
でもそれとカティを誉めるのは別物だ。
カティはたしかに大金星を挙げたんだ。
なら誉めてあげるのがパパとして当然のことだろう。
突っ込んできたカティを抱き抱えるようにして、頭を撫でると、カティは嬉しそうに尻尾を振っていく。
本当に大きなわんこみたいだなぁ、と思いつつ、ふと視界がカティの足元に向かい、気づいた。
「……カティ。足の裏にあの女はいるかい?」
「わふぅ?」
カティが首を傾げた。あの女を踏みつけた前足。踏み潰したのであれば、当然血溜まりができる、はずだった。
でもカティの足元には血溜まりはない。生きている以上は必ずあるはずの血が、全身を踏み潰されたのであれば地面を濡らすはずの血溜まりがそこにはなかった。
いや、それ以前にあの女は血を流していたか?
腕を噛みちぎられたとき、あの女の残った腕から血は滴り落ちていたか?
カティが咀嚼していた腕は唾液まみれになっていたけど、血に染まっていたか?
少なくとも俺は見ていない。でも腕を斬り落とされたら普通血は流れるものだ。
その血が流れなかった。
ありえないことだった。
腐っても神様だからと言われたら、納得するしかない。
けれど本当に神様だからと言って、血を流さないものなのか?
どんな生物だって生きている以上は呼吸をする。呼吸をすれば血は循環する。血は酸素を運ぶ。その酸素を運ぶための血が流れでない。
そんな生物なんていない。
たとえ神様だって生きている以上は血を循環させているはず。
その血が流れなかった。
ということは、考えられるとすればそれは──。
「カティ! 周囲を確認してくれ!」
「わ、わふぅ?」
「まだあの女は生きている!」
「で、でも私いまたしかに」
「それはあの女じゃない! それは偽者だ! いや、それはそもそも生物じゃない!」
「わ、わふぅ?」
カティはわけがわからないと顔に書きながらも、鼻をすんすんと鳴らして、匂いを嗅いだ。
「……え? なんで?」
匂いを嗅いですぐにカティは唖然としていた。信じられないとその顔には書かれていた。
(思った通りか)
「パパ、おかしいの! あの女はいま踏み潰したはずなのに、あの女が近づいてくるの!」
カティが叫ぶ。困惑しているのは明らかだった。でもどんなに困惑してもそれが事実だ。
「ふふふ、すごいわ、カレン。カティちゃんも立派ね。まさか私の写し身を殺せるなんてねぇ」
事実を証明するようにあの女の声が響いた。その一瞬の後に、俺たちがいた舞台の上に空から一筋の雷が落ちた。
眩い光と轟音に目と耳がわずかの間麻痺した。
ほんのわずかな麻痺。
その麻痺が消えたとき、そこにあの女が、とても嬉しそうに笑うスカイディアは現れたんだ。
いろいろと想定外な祭りになりましたが、九月の祭りもこれにて終了です。もう十月だけど←
明日から通常更新に戻ります。




