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Act1-40 アルトリアの涙

本日五話目です。

カレンは本当にノンケなのか、わからなくなってくる←ヲイ

「ごめんなさい」


 アルトリアが言った。


 いきなりのことで、なにを謝っているのか、わからなかった。


 主語がなくては、さすがになにを謝っているのかはわからない。


「なにを謝っているの?」


 アルトリアを見やる。


 アルトリアは紅い瞳を、涙で滲ませて俺を見つめている。


 胸が痛くなる。強く、いままでになく、胸を強く締め付けられていく。


「「化け物」でごめんなさい。こんな「化け物」があなたを愛してしまって、ごめんなさい」


 アルトリアが泣いている。純粋すぎる涙だった。


 この涙を演技だとは思いたくなかった。


 素性が知れない子だった。


 それまでは、俺のことを愛しているというのは、ただの演技じゃないかと思ってもいた。


 というか、演技でもない限り、俺なんかを愛してくれるわけがなかった。


 俺にはなにもない。


 地球にいた頃であれば、まだ実家のなんでも屋があった。


 それでも俺が継ぐわけじゃなかった。


 継ぐのは兄貴たちの誰かになる。


 俺が継ぐことはない。


 ただそれ以外で俺になにがあるのかと問われたら、なにも答えることはできない。


 なにもないとしか言いようがない。


 そんな俺をどうして、アルトリアのような美人さんが好きになってくれるのか。


 理由がない。意味もない。なにもかもがなかった。


 だから信じられないという気持ちが強い。


 アルトリアが俺に惚れる理由がなかった。


 だから演技だろうと思っていた。


 その一方で、異世界に来たことで、より一層なにもなくなった俺を騙す理由がないとも言えた。



 だからこそ、そばにいさせようと思った。


 理由はわからないけれど、惚れてくれたのであれば、そばにいさせられる。


 我ながら、ひどい矛盾を抱えていた。


 けれど、その涙を見て、アルトリアが演技をしているとは思えなくなってしまった。


 この子は本当に俺のことを好きでいてくれている。


 なにもない俺なんかを。最低なことをしてしまっていた俺なんかを、好きでいてくれている。


 それがはっきりとわかった。


 けれど、どうすればいいのか。


 どんなに深い愛情を向けてくれていても、俺はこの子を愛することができない。


 いまさら同性がどうだのこうだのと言っているなよ、と冷静な自分が言っている。


 それでもすぐには頷けない。


 だってアルトリアの気持ちが、本物だとわかって、その勢いで彼女に手を出せば、俺はきっと後悔する。


 後悔はしたくなかった。だから抱けない。


 抱くわけにはいかない。


 アルトリアに手を出す気にはなれなかった。


「謝らなくていいよ」


 アルトリアの髪に触れる。


 指通しのいい髪は、触れているだけでとても心地いい。


 俺の髪とはまるで違っていた。


「謝らなきゃだめです。だって、私は血を吸う「化け物」ですから。人の血と魔族の血が流れている。それだけでも、「化け物」なのに、私はそのうえ他人の血を啜って生きる。そんなの「化け物」以外の何者でもありません。そんな「化け物」が、あなたを愛してしまって、ごめんなさい」


 アルトリアは俺に抱き着いて、泣き続ける。


 アルトリアの涙が、頬に触れる。


 温かい涙は、人と変わらない。


 人とか魔族とか、そういうのは関係ない。


 この涙は「化け物」が流すものじゃない。


 涙を流すのは、人である証拠だった。


「アルトリアは「化け物」じゃない」


 震える腕でアルトリアを抱き締める。


 まだ力が入っていなかった。


 血をぎりぎりまで吸われた影響で、体にうまく力が入らない。


 肉でも食べれば、血は作られる。


 それでも限度はあるから、脱力感がなくなるには、時間がかかる。


 だからと言って、泣いているアルトリアを放っておくことはできなかった。


「カレン、さん?」


 アルトリアが驚いたように言う。


 俺自身驚いている。


 ノンケだなんだと言いつつも、やることはやってしまっているのだから、本当にノンケであるのか、と自分でも不思議に思う。


 けれど傷ついているアルトリアを放っておくことは、俺にはできなかった。


 たとえその結果、より都合が悪くなってしまっても、抱くわけにはいかなかった。


「……「旦那さま」だろう?」


 アルトリアを見つめる。アルトリアの頬が赤く染まる。


 が、すぐに首を振った。まるでそれを言う資格がないと言っているかのようだった。


「……もう、それを言う資格はありません。考えれば考えるほど、私のしたことは、カレンさんに対する裏切りです。だから言えない。言えるわけがないじゃないですか。だからこれからはもう」


「ダメ。言え」


「え?」


「だから、「旦那さま」と呼べ。いいね?」


 予想通り、資格がないだの言い出した。


 読みやすいなと思いつつも、そういうところもアルトリアらしいと思えた。


「で、ですから」


「うっさい。俺がそう呼んでほしいって言っているんだから、素直に呼べ」


「な、なんですか、それ。わがまますぎますよ? 普段は言うなとか言うくせに」


 アルトリアが唇を尖らせる。


 言っていることはたしかに間違いじゃない。


「旦那さま」と呼ぶなとは言っていないけれど、あまりいい気分ではなかった。


 俺は見た目通り、中身も女だ。


 まぁ、女の子らしいとは間違っても言えない性格をしているが、それでも女であることには間違いない。


 その女の子を捕まえて、「旦那さま」と呼ばれるのは、あまりいい気分ではなかった。


 だけど、もうそんなことを言っている場合じゃなかった。


 アルトリアは、まるですぐにでもいなくなってしまいそうなほどに、自身を責めていた。


 自責の念に駆られることがダメってわけじゃない。


 むしろ自責に駆られることもなく、ふんぞり返るような奴よりかはましだと思う。


 自分がダメだとわかっていない奴より、自分がダメだとわかっている奴の方が、俺はまだ好きだ。


 同じダメであっても、自分のことを知らない奴は、なにをやってもうまくいかないと思う。


 だからアルトリアが、自分の失敗を責めることは構わなかった。


 失敗しない奴なんて、どこにもいない。いるわけがなかった。


 だからアルトリアがアルトリア自身を責め続けるのは構わない。


 だが、責め続けるがあまり、俺の目の前からいなくなってしまうことだけは、許せない。


 我慢できなかった。


 ああ、そうだ。俺自身これがとんでもなくわがままなことではあることはわかっている。


 応えられないと思っているくせに、離れることは許さないなんて、ただのわがままだろう。


 それでもそのわがままを俺は押し通す。いや押し通さずにはいられない。


 その一環で、アルトリアに「旦那さま」呼びをさせなければならないというのであれば、してもらおうじゃないか。


 俺はアルトリアにそばにいてほしい。


 親しい人がいなくなってしまっている現状で、唯一俺の心に踏み込んできてくれたアルトリアを失うわけにはいかなかった。


「うっさい、バカトリア! どうでもいいことで、ぐだぐだ言っているんじゃねえよ!」


「ば、バカ!? それもどうでもいいことってなんですか!? 私はカレンさんのためを思って!」


「それは俺が言ったことか? 俺が君にそうしてほしいと頼んだことか?」


「そ、それは」


「さも俺が言ったように言うな。俺の言葉として勝手にねつ造するな。俺の気持ちを勝手に解釈するな。そっちの方がはるかに迷惑だ。わかったら、黙ってついてこい。いつもそうしてくれているだろう?」


 言いながら、どれだけ亭主関白だよと思った。


 同時に自分でも亭主とか思ってしまっているなと、つい呆れてしまう。


 だが、アルトリアを失わないためであれば、亭主上等だ。


 やるからには最高の亭主になってやろうじゃないか。ノンケだけどさ。


「……いいんですか?」


「ああ。着いて来てくれ。俺には君が必要だ」


 歯も着せぬように言い切った。


 アルトリアの顏が真っ赤に染まったが、なんとなく見つめられなくて、寝返りを打つようにして、背中を向けた。するとアルトリアが俺の背中に抱き着いてきた。


「……知りませんよ。私みたいな「化け物」を置いておくなんて。なにがあっても知らないですからね」


「ああ、いいよ。アルトリアがそばにいてくれる代償が、それなら喜んで払ってあげる。だから一緒にいてくれ。頼む」


 言いながら体が震えていた。


 どうしてかは自分でもわからなかった。


 わからなかったけれど、ただそばにいてほしい。そう思った。


「……命令しているかと思ったら、今度はお願いですか。本当に自分勝手ですよね、「旦那さま」は」


 アルトリアが言う。ようやく言ってくれた。


 そう思うと、急に眠気に襲われた。安心したからだと思う。あくびを掻いた。


「もう寝るよ。アルトリアはどうする?」


「……このままでもいいですか?」


「ああ。好きにしろ」


「はい。好きにします、「旦那さま」」


 アルトリアの腕が回された。


 目の前で組まれた手にそっと触れながら、おやすみと呟いた。


 おやすみなさい、と鼓膜が震える。


 アルトリアのぬくもりを感じながら、俺はそっとまぶたを閉じた。

続きは十五時です。

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