Act9-346 往生際が悪くても
本日三話目です。
カティが叫んでいた。
黒い閃光のように大地を駆けながら叫んでいる。その叫び声はとても重く低い。叫び声を上げながら、左右の脚でスカイディアを踏みつぶそうと攻撃を仕掛けている。でもスカイディアには通じていない。というよりもスカイディアを捉えきれていない。
カティの声には聞こえない。
でもどんなに違う声であっても、あそこにいるのは俺の娘だった。俺の娘が変わり果てた姿だった。
「……カティ」
カティは叫んでいる。
何度も何度も叫んでいる。
まるでこの世のすべてを呪っているかのように叫び続けている。
助けたい。
助けてあげたい。
大切な愛娘を助けてあげたいと思うのは、親としては当然だった。
血の繋がりがなくても、あの子は俺の娘だ。俺の愛娘なんだ。だから助けたい。そう思うのに。そう思っているのに、フェンリルは言った。
もう助けることはできない、と。
カティを助けるのではなく、あの子が罪を重ねる前に殺せ、と言った。
破壊と殺戮の力を振るう前にあの子を楽にしてやれ、とフェンリルは言った。
たしかにフェンリルの言葉には一理あるんだろう。
カティが殺戮を繰り返す前に、誰かの命を奪う前にあの子を殺してあげるのが俺の役目なのかもしれない。
あの子がパパと慕う俺の役目なのかもしれない。
だけど、俺は諦めたくない。
諦められるか。
諦めてたまるものか!
あの子を助けることを諦めてたまるものか!
「カティ! 戻って、戻って来てくれ、カティ!」
必死に声をあげる。
カティの声に掻き消されたとしても、それでも声をあげた。
喉が嗄れてもいい。
もう声が出なくなったとしてもかまうものか!
俺の声の代わりにあの子が戻ってくれるのであればそれでいい!
あの子を取り戻すための代償となるのなら、なんの問題もない!
『……やめよ、カレン。それ以上語り掛けたところで意味はない』
「意味はある! あの子を取り戻すためという意味があるんだ!」
『……さっきも言ったぞ。あの子は、カティはもう』
「そんなの知ったものか! 往生際が悪いと言われようが俺は呼び掛け続けると決めた! なにがあってもあの子を、カティを呼び掛ける! カティが返事をくれるまで呼び掛け続けると決めたんだ!」
『だが、そんなことをしても』
「だからうるせぇと言っているだろう! 俺を諦めさせようなんて無駄なことをしている暇があれば、悲観している暇があれば、おまえもあの子を呼び掛けろ、フェンリル!」
『……意味があるのか?』
「意味なんて知らねえよ! だけど、呼び掛け続ければきっと届く! そう俺は信じている。俺は俺の愛娘を信じる! 俺の声を聞いてくれると信じている! だから呼び掛ける! それだけだ!」
ぐだぐだと悲観しているフェンリルを叱り飛ばす。たとえ往生際が悪かろうが、みっともないと言われようが俺は俺のするべきことをするだけだった。
きっと届いてくれる。そう信じて声を掛け続けるだけだ。
「カティ! 返事をしてくれ、カティ!」
喉の痛みを感じながらも声を張り上げてカティを呼び掛けた。届け、と。届いてくれ、と願いながら叫んだ、そのとき。
「いや、だよぉ」
カティが喋った。
返事をしてくれたわけじゃない。
それでも言葉はくれた。
ただその言葉の意味はわからなかった。
「ひとりは、いやだよぉ。さむいの、くらいの。ひとりぼっちはいやだよぉ」
だけど、続けて口にされた言葉で意味はわかった。
「ぱぱ、どこぉ? どこなの、ぱぱぁ! カティをひとりにしないでよぉ!」
カティがまた叫んだ。でも今回は高速で動いていない。どころか、立ち止まって叫んでいた。蒼い瞳を濡らしながら叫んでいた。
目尻から大粒の涙を流して叫んでいた。
「……カティ」
『信じられぬ。まだ意識があるというのか!?』
フェンリルは驚愕としていた。フェンリルにとってみれば、カティの意識が残っていることは信じられないんだろう。
けど、俺にとってみれば、驚くことじゃない。カティは強い子だ。
いや、カティだけじゃない。うちの娘たちはどちらも強いんだ。
こんなにも弱っちいパパの娘であるのに、娘たちは強い。
俺自身を情けなく思うことはある。でもそれ以上に娘たちは誇らしい。
そんなあの子たちのパパであることを俺は誇りに思う。
だからこそカティの意識があるのは当然だ。
それでも俺は言いたい。
「カティ! よく頑張った! 偉いぞ! でももう少しだけ頑張ってくれ! 絶対、パパが助けるからな!」
カティの頑張りを誉めたかった。俺の誇りであるこの子を誉めてあげたい。その一方で申し訳なくはある。頑張っているあの子にまだ頑張らせてしまうのだから。
それでもいまは頑張ってもらうしかない。
「ぱ、ぱ?」
「あぁ、パパだよ。絶対に助ける! だから──」
「残念ね、カレン。絶対に助けることはできないわ。だって──」
カティに語りかけていると、後ろから声が聞こえた。そこには口元を歪ませて笑うスカイディアがいた。
「──私がいるのだから。助けられるわけがないでしょう?」
スカイディアが手を伸ばしてくる。迫ってくる手のひらを見つめることしか俺にはできなかった。
初日分はこれにて終了です。
続きは今夜十二時からです。




