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Act9-343 助けられない

 本日二話目です。


 黒い光だった。


 その動きはまるでひと筋の流星のように見えた。目にも止まらぬ黒き流星。その流星がスカイディアへと怒涛の速さで押し寄せ、その両脚を交互に振るいながら、カティはスカイディアに攻撃をしかけていく。


「あらあらあら、ずいぶんとわんぱくになったわね、カティちゃん」


 けれど黒い流星を見てもスカイディアはのんきな声で笑っていた。のん気に笑いながら目の前に迫る流星を、変わり果てたカティを見て楽し気に笑っている。その笑みを見るだけで腹が立った。なに笑っているんだよ、と言いたくてたまらない。


 でもどんなに腹を立てたところでカティの暴走を止めることはできない。むしろ俺が腹を立てれば立てるほど、カティはより貪欲にスカイディアの喉元を狙っていく。両足を交互に振るっているのも、最終的にはスカイディアの喉笛を噛みちぎるためのものなんだろう。


 いまのカティだと喉元に喰らいつくというよりも、スカイディアの体を真っ二つに噛みちぎれそうだけど、カティにとっては体ではなく、あくまでも喉元に喰らいつこうとしているんだ。


 その姿は速すぎて見えないけれど、その行動を踏まえるかぎりカティは本気であの女を殺すつもりなんだ。


 カルディアに続いて、モーレを失ったこと。その悲しみと怒りの矛先をあの女に向けているんだろう。


 俺と同じだ。俺もあの女にぶつけていたから、カティの気持ちは痛いほどにわかるし、共感できるんだ。


 だけどその姿はあまりにもカティらしからぬものだった。


 二重に聞こえる重低音の唸り声を上げながら、カティは目にも止まらぬ速さで大地を駆け抜けている。


 普段のカティからは考えられない姿。そんな姿をカルディアもモーレも見たいとは思っていないだろう。


 けれど、いまそのことを言ったところでカティの耳には決して届かない。いまのカティは完全に暴走していた。あのときのシリウスと同じでだ。


 あのときのシリウスは、いまはカティの中にいるフェンリルに半ば操られていた。あと少しでも遅かったら、シリウスの意識は完全に呑み込まれていたかもしれない。


 けれど、そのフェンリルはいまカティの中にいて、カティを溺愛するおばあちゃんになっていた。そう、そのはずなのに、いまのカティは当時のシリウスに、フェンリルと化したときのシリウスの姿そのものになっていた。あのときとは違って、フェンリルはカティの体を奪い取ろうとしているわけじゃない。


 でもいまのカティは誰がどう見てもフェンリルの手によって、無理やり体を奪い取られようとしているようにしか見えない。


 だけど──。


『すまぬ! すまぬ、すまぬ、カレン! 我が気づくべきだったのだ! 我が付いていながらカティの心に闇が巣食っていることに気づかなんだ! すまなかった。すまなかった!』


 ──フェンリルを黒幕だと思うことはできなかった。むしろフェンリルもカティがいまの状態になるのを防ごうとしていたんだというのがわかる。


 そもそもカティを孫娘として認可していたフェンリルが、かわいい孫娘であるカティの体を乗っ取るわけがなかったし、そんな非道をする相手にカティがあそこまで懐くとは思えなかった。


 カティは天然さんなところはあるけれど、基本的には聡い子だ。聡明さはあるけれど、それ以上に勘が鋭い子んだ。その勘の鋭さは、俺の浮気に対して発揮されることが多い。


 ただ何度も言うが、俺は浮気なんてしたことはない。


 まぁ、少し気おくれする内容のことが多々起こることはある。そしてその気おくれする内容をカティはどうしてかすぐにわかってしまうんだ。カティにだけは気づかれないように振る舞っているのにも関わらず、だ。


「パパ、またうわきなの?」


 あぁ、いまでもはっきりとカティからあらぬ疑いを掛けられてしまったときのことを思い出せる。


 どんなに言い聞かせても決して「うわき」判定を覆してくれなかったカティ。


 そしてそんなカティに対してあることないことを言ってくれるシリウス。


 その後に待っているのは愛娘ズからのとても冷たいまなざしだった。


(あれは実に辛かった)


 パパ遊びがうちの愛娘ズの間では絶賛ブームなわけだが、遊ばれる側の俺にとってみれば、勘弁願いたいものだよ。


 もっとも言ったところでうちのかわいい子悪魔愛娘ズは聞いてくれやしないんだけどね。


 まぁ、それはいい。


 とにかく、俺が思うにカティの勘の鋭さは、少し前まで視覚を失っていたからこそ磨かれたものなんじゃないかな。


 五感のうち、もっとも外部からの情報収集を担当する視覚を失っていたことで、ほかの四つの感覚が異様に鋭敏化していた。その鋭敏化した感覚で相手のわずかな違和感をあの子は感じ取っていた。


 だからこそ、カティの前では隠し事なんてできない。それはたとえ精神だけの存在になっていたとしても変わらない。フェンリルがいくら神獣になるはずの存在だったとしても、カティの前で嘘を吐き通すことはできないんだ。


 だからこそ、フェンリルは本当にカティのことを孫娘として愛してくれている。愛しているからこそ、カティの体を奪うわけがなかった。


 でも、ならなぜいまカティはあのときのシリウスのようになっているんだろうか?


(フェンリルの言っていた、狼の魔物はみな「フェンリル」になるっていうことと関係があるんだろうけれど、どういうことなんだろうか?)


 カティの変異の理由。それが「フェンリル」になるということなのであれば、どうにかして元に戻さないといけない。


 カティはフェンリルになってだいぶ強くなったのだろう。けれど理性のない戦い方じゃスカイディアに通じるとは思えない。無用な怪我を負う前にカティを元に戻さないと──。


『……カレン。本当にすまぬ。もうあの子を、カティを救うことはできぬ。わかっていたのに、止められなかった我を恨んでくれ』


 ──フェンリルの泣きじゃくる声が聞こえた。その声に、いや、その言葉に俺の頭の中は一瞬で真っ白になってしまった。

 続きは明日の十六時予定です。

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