Act1-39 目覚めれば
本日四話目です
時間が経ちました。
「起きてください、「旦那さま」」
体を揺すられた。まぶたを開くと、ようやく見慣れてきた天井と、同じく見慣れてきたアルトリアの顏が見えた。
「アル、トリア?」
声を掛けながら、アルトリアをじっと見つめた。
肌はいつもと変わらない。唇もいつも通りの薄紅色の艶やかだ。
瞳もまた宝石のような紅い瞳をしていた。
「……夢?」
首筋を撫でる。同時に痛みが走った。
手を見れば、血がついていた。
けれどそれだけでは、かさぶたが剥がれただけかもしれない。
起き上がろうとして、体に力を込めた。
しかし体に力が入ってくれなかった。ぽすんと軽い音を立てて、ベッドのうえに寝ころんでしまう。
「……まだダメですよ。血を吸いすぎちゃったみたいなので、お体をまともに動かせないでいるのですから」
申し訳なさそうなアルトリアの言葉で、夢ではなかったことがわかった。
正直夢であってくれたほうが、個人的にはありがたかったのだけど、残念なことに夢で終わらすことはできなくなってしまった。
「……アルトリアは、吸血鬼の人魔族なのか?」
真っ先に聞いたのは、アルトリアの種族だった。
人魔族とひと口に言っても、親の魔族の種類自体で、人魔族である子供の特徴も変わってくる。
そしてアルトリアが血をあんなにも美味しそうに飲んでいたということを踏まえれば、アルトリアの親御さんが吸血鬼であることは、簡単に導き出せることだった。
ただ一応確認しておきたかった。
本当に吸血鬼であるかどうかの確認をしたかった。
確認をしても、なんの意味もないだろうけれど、知っていることと知らないでいることとでは、まるで違っている。
少なくともアルトリアの種族を改めて聞くことは、決して間違いではないはずだった。
「……そんなところです。普段あんな風に渇くことはないんですけど、ね」
ぼかしながらではあったけれど、アルトリアは頷いてくれた。
俺だって親が吸血鬼だなんて聞かれたら、ぼかすと思うから、アルトリアの反応は決して変なことではなかった。
「……えっと、記憶はあるんだよね? いろいろと知っているみたいだし」
次に聞いたのは、吸血鬼モード(命名俺)中の記憶の有無だが、アルトリアの雰囲気から察するに、記憶は多少なりともあるようだった。
「はい。申し訳ないことですが、記憶があります。「旦那さま」をあんな目に遭わせるなんて、申し訳ありません」
アルトリアは瞳を潤ませながら謝ってくれた。
吸血鬼モード中は、おそらく理性が利かないのだろう。
吸血鬼としての本能で動いてしまうのかもしれない。
今後は気を付けるとしても、どうやってスイッチが入ってしまうのかがわからなかった。
「今回のことは、満月だったから? それとも昼間に飲んだ血のせい?」
「両方です。ただ比重としては、満月の方が強いです。満月は吸血鬼の力が強くなる日なので」
「満月の日は、か」
まるで狼男だった。狼男は普段人の姿だけど、満月の晩は、狼の姿になってしまう。
この世界にも狼男がいるかは知らないが、まさか吸血鬼も満月の日に、力が強まるとは思わなかった。
でも狼って、吸血鬼の眷属でもあるし、その関係で吸血鬼も満月の日に力が強まるとしても、おかしいことではないと思う。
「ただ満月の日であっても、今回みたいな暴走は普段しません。今日は血を昼間に飲んでしまっていたのも影響しています。あの人の血は、美味しくなくて、口直しがしたいと思いながら、「旦那さま」のおそばにいたからでしょうね。気づけば満月が出ていて、そうしたらもう自分を止めることができなくなっていました」
アルトリアは自分を責めていた。泣きながら、頭を下げてくれている。
そんなアルトリアを見て、文句を言うことはできなかった。
「気にしていないよ。今回のことは、天罰みたいなものだと思っているからさ」
「天罰、ですか?」
気にしなくていいと言うために、つい天罰という言葉を口にしてしまった。
言ってすぐに失言だったと気づいた。
だが、一度言ったことをなかったことにはできないし、したくもない。
俺にできたのは、正直に話すことだけだった。
「……アルトリアを利用しようとしていたんだ」
「え?」
いきなりの言葉に、アルトリアが唖然としていた。
というか意味がわからなかったのだろう。
いきなり利用しようとしていたなんて言われても、唖然とするだけだろうから、無理もないことだった。
「俺いろいろとあってさ、ひとりでいることが嫌だった。そうならないために、アルトリアの気持ちを利用しようとしていた。利用して、ずっとそばにいてもらおうとしていた。アルトリアが俺を好きでいてくれているのを逆手にとって、アルトリアをずっとそばにおこうとしていた。そのためなら、アルトリアを抱いてもいいと思っていたよ。愛しているから抱くんじゃない。劣情に突き動かされたから抱くわけでもない。ただずっとそばにいてもらうためだけに抱こうと考えていた。最低だろう? 心でも、体でもない。ただそばにいてもらうためだけに抱こうとするなんて、最低以外に言いようがないよな」
渇いた笑いが響いた。
アルトリアはなにも言わない。
言えなくなるのも無理もない。
そんな打算を考えていたなんて言われたら、千年の恋だって冷めてしまいそうだ。
少なくとも俺がアルトリアの立場であれば、まず間違いなく冷めてしまっていただろう。
けれどアルトリアは、俺の予想をはるかに超えた子だった。
「それでもいいです」
ぽつりと呟かれた言葉は、聞き間違いかと思う内容だった。
アルトリアを見やる。アルトリアは頬を染めると、なぜか俺の隣に横たわった。
そしてそのまま俺を抱き寄せた。アルトリアの豊かな胸に顔がうずまった。
「……「旦那さま」と一緒にいられるのであれば、どんな形でもいいです。思われなくてもいいです。私を繋ぎ止めるために抱かれなくても、私はずっとそばにいます。「旦那さま」のそばに私を置いてください」
アルトリアは俺を抱き締めながらそう言った。
なんでそんなことが言えるのだろうか。
俺がアルトリアの立場であれば、決して言えない言葉。
なのにアルトリアははっきりと言い切っていた。
そんなアルトリアに驚愕を禁じえなかった。
だがアルトリアはそれ以上なにも言わなかった。
胸の奥からアルトリアの心臓の鼓動が聞こえる。
いくらか鼓動が早かった。緊張しているというのが、はっきりとわかった。
「……緊張しているね、アルトリア」
「ベッドの上で、こうして抱きしめることなんて、ありませんでしたから」
消え入りそうな声で言われた。
たしかにそれまでの寝起きを踏まえると、アルトリアは全裸ではあったけれど、俺に抱き着いてはいなかった。
あくまでも全裸で眠っていただけだ。
俺の隣で、産まれたままの姿になって眠っていただけだった。
俺を抱き締めて眠っていたわけではなかった。
「アルトリアは、さ」
「はい」
「俺に抱かれたい?」
なんてことを言っているんだろう、と自分でも思ったけれど、聞かずにはいられなかった。
アルトリアは顔を真っ赤にして俯いた。俯きながら、アルトリアは静かに頷いた。
「どんな形であっても、「旦那さま」に抱かれたいと、思っています。けれど「旦那さま」は、私を抱いてはくださらないのですよね?」
アルトリアが俺を抱き締める。
抱いてもいいと言うのは簡単だった。
けれどそれは抱きたいから抱くわけじゃない。
俺の意思で抱こうとしているわけじゃない。
だからアルトリアの言葉に、返事をすることはできなかった。
というか、なんて言ってあげればいいのか、わからなくなってしまった。
俺はなにも言えないまま、アルトリアに抱きしめられていった。
続きは十二時になります。




