Act9-332 繰り返される命
お久しぶりです。
まさか十日近く更新を停止するとは←汗
夏風邪は怖いですね←しみじみ
今回はアルトリア視点です。
かなりエグめな内容ですので、お気をつけて。
目の前の天使はいったいなにを言っているのだろうか?
「──ひとつ前の世代のアルトリアとアイリスだったと言っている」
言われた意味を理解することができない。
(ひとつ前の世代?)
ひとつ前というのはどういうことだろうか?
その言い方ではまるで私たちの前にもアルトリアとアイリスがいたと言っているようなものだった。
それが私とアイリスの「母様たち」だと目の前の天使は言っている。
与太話にも程がある。空想どころか完全な妄想としか言えない話だった。
「与太話にも程がある!」
あまりにも妄想のすぎる話に怒りが沸き起こる。
アイリスはどうでもいいが、「母様たち」との思い出を汚されて黙ってはいられない。
「その妄想ばかり吐く口を、神器と言って憚らぬ槍ごと叩き斬ってやる!」
渾身の力を込めて押し込む。「母様たち」との思い出を汚した罪を償わせなければならない。
「……哀れですね。あなたは」
「なに?」
「本物の絆と偽物の絆の区別もつかないのですから」
「なにが言いたいんだ、貴様は?」
押し込でいると不意に天使が口を開いた。その内容は、いや、その口ぶりは私を哀れんでいるかのようだった。
(本物の絆と偽物の絆、だと?なにが言いたいんだ、この女は?)
絆に本物も偽物もない。絆は絆だ。そのありように貴賤など存在しない。だと言うのにこの女は私になにが言いたいのだろうか?
「……あなたたちが言う「母様たち」とあなたたちの間に絆など存在しませんよ。あるのは搾取する側とされる側と言う関わりしかない」
「貴様、まだ言うか!」
「……何度でも言いましょう。あなたたちの言う「母様たち」は本物の母親ではない。母親という役割を与えられた、あなたたちと同じ哀れな存在だったのです」
「貴様ぁっ!」
「母様たち」との思い出を汚すだけでは飽きたらず、「母様たち」を愚弄するとは。万死に値する行為だった。
「殺す! 貴様だけは確実に殺すぞ、天使!」
「……逆上するということは、なにかしらの覚えがあるということで?」
「ふざけるなよ、貴様!」
どこまでも私を怒らせれば気が済むのだろうか? そんなにも死にたいということなのだろうか? なら殺してやる。死に尽くすまで殺し続けてやる。私だけではなく、「母様たち」を貶したその罪。その命を以て償わせてやる。
「……では、逆に聞きますが、あなたたちがあなたたちの言う「母様たち」の名前を知らない理由はなんですか? 大好きな母親たちの名前もわからない理由はなんでしょうか?」
「それは」
「それは?」
二の句が継げない。続く言葉が出てこない。実際「母様たち」のお名前はいまのいままで気にしたことがなかった。「母様たち」はそれぞれ「あなた」と「姉様」でお互いを呼ばれていた。お互いのお名前を呼ばれることは一度もなかった。そしてそのことを私もアイリスも気にしていなかった。だから知らなかった。「母様たち」のお名前を知ることなく、私たちは「母様たち」と別れてしまっていた。
言われるまでそのことを不思議に思わなかった。疑問に思うこともなかった。ただそのまま受け止めていた。癪ではあるけれど、天使に言われるまでどうして疑問に思わなかったのかが不思議でならない。シリウスちゃんだってたしかに私たちの名前を呼んでから「ママ」と言っている。シリウスちゃんのように何人もママがいるのは珍しいというか、ありえないことではあるけれど、実際母親が複数いるのであれば、「ママ」だけでは判別はできない。
だというのに、当時の私たちは「母様」だけで呼んでいた。そしてそれだけで「母様たち」自身も区別されていた。いったいどうやっていたんだろう? どうしたらそんな呼び分けができたのだろうか。不思議で、いや、奇妙に思えてならなかった。
そしてその奇妙なことを、いまのいままで奇妙だとは一切思うことなく過ごしてきた私とアイリスはいったいどういうことなのだろうか。
(わからない。なにからなにまでもがわからない)
あまりにもわからなさすぎて、頭の中がおかしくなってしまいそうだった。でもそれを顔に出してはいけない。顔に出せば目の前の天使がなにを言い出すのかわかったものじゃなかった。この天使に揚げ足を取られるようなことなどするわけにはいかないのだから。
「……簡単なことですよ、姫君。さきほども言いましたが、あなたたちの「母様たち」はあなたたちと代替わりをしたことで役目を終え、その名をあなたたちに捧げたのです」
「ふざけるな! そんなことをする理由なんて」
「ありますよ。なぜならあなたたちの「母様たち」もそうやって受け継いだからです」
「なに?」
「正確には受け継いだというよりかは、再び受け取った、という方が正しいのかもしれませんね」
「貴様はさっきからなにを言っているんだ!?」
天使が言っている意味がわからなかった。いや、余計にわからなくなっていく。再び受け取る? なにを? いったい誰から? さっぱりと理解できない。そう、理解できないはずなのに、妙な胸騒ぎを感じていた。心臓の鼓動の音がやけにはっきりと聞き取れた。
「……あなたちの存在について、ですかね? ホムンクルスでありながらアンデッドである。その理由はひとつです。あなたたちの大元はもともと「アルトリア」、「アイリス」、「アリア」という三人の女性の遺体から作られた存在なのです。そしてその大元はやはり三人の女性の遺体を元に作られたホムンクルスをその胎内で育て産み落とし、やがてはその存在に殺される。そして殺された大元の遺体からまた新たに次の世代を作り、そして大元がしたように大元を殺した世代が次の世代を体に宿す。そうして何度も何度も同じことが繰り返された結果、産まれたのがいまのあなたたちなのでしょう」
天使は茫洋とした目を向けながらはっきりとそう口にした。




