Act9-330 その本質は
本日二話目です。
アルトリアの本質をちょっとだけ。
本当に面倒だった。
面倒くさい相手だった。
だけど、相手をしないとならない。この女がいると、主様の邪魔にしかならないのだから。
「邪魔だ!」
アルトリアが頭上から剣を振り下ろしてくる。
間合いという意味では、アルトリアが有利だった。槍の間合いには近すぎていた。
やろうと思えば、攻撃はできる。だけど本来の威力よりもだいぶ落ちる、半端な威力にしかならない。
それでもやらないよりかはましだ。やる余裕があればの話ではあるけども。
「邪魔、邪魔、邪魔! 邪魔ぁぁぁぁぁっ!」
アルトリアは叫びながら何度も剣を振り下ろしてくる。
その攻撃を受け止める度にずん、ずん!と足が地面に沈んでいく。
右手を手首から失っているのにも関わらず、しびれてしまいそうなほどの重たい剣だった。
それほどに重たい一撃を放つアルトリアの目には狂気があった。
いや、元からこの女の目には狂気しかなかった。
初めて会ったときから、そのことには気づいていた。
巧妙に隠してはいるようだったけど、私にはわかった。
主様への想いの裏側にある、この世界に住まうほぼすべての命を滅ぼそうとする強く深く、そして暗い狂気を。この女こそ邪神と言っても過言ではないと思えるほどの狂気を、愛情という隠れ蓑の影から私には感じ取れた。
その狂気をいまアルトリアは全身に纏っているかのように。いや、全身から狂気を噴き出しながら剣を振るっていた。
右手の手首を切り落とされた痛みをまるで忘れてしまったかのように何度も何度も剣を振り下ろしてくる。
「私の邪魔をするな! 私は「旦那様」のところに行くのだから!」
重たい剣が振り下ろされてくる。それも執拗なほどにだ。なにがそこまで彼女を駆り立たせるのか。……その理由はなんとなく理解できた。
いや考えてみれば、彼女の狂気と執拗さはまさに「それ」だ。「気狂い女」と言われてはいるものの、それは彼女の「本質」ではない。彼女の「本質」とは違う。
そもそもの話、彼女は狂ってなどいない。端から見れば狂っているとしか思えなくても、彼女は狂ってなどいない。むしろ正常な方だろう。
大多数の「彼ら」よりもはるかにまともだった。
……もっともその有り様自体が一種の狂気ではあるのだろうけど。私の推測が正しければ、彼女は。いや、彼女という存在は正しく狂気からの産物だった。
(冒涜ですね、どう考えても)
アイリスと主様の話を影の中から私は聞いていた。
その話の中ではアルトリアとアイリスには双子の母親がいたそうだった。
しかしその母親たちをふたりはともに殺した。いや殺させられたということだった。
それが狂いの原因だと思っているようだったが、おそらく違う。
アイリスは「母親」を殺したと思っているようだったが、彼女は、いやアルトリアもアイリスも「母親」を殺してなどいない。
でも証拠がない。
ただ感じるものはある。カルディアもまた感じ取っていたはずだ。
アルトリアたちの「本質」を感じ取っていたはずだった。
……天才肌の彼女にとっては感じ取っていても感覚としてなのだろうけど。理論的には感じ取れてなどいないはずだ。
これだから天才は、と思わなくもないけど、彼女のそういうところも私には好ましく思える。
いや、私だけじゃないか。
カルディアのことは彼女を知る誰もが好ましく思うだろう。
特にシリウスちゃんは、私たち「ママ」の中で一番慕っているのはカルディアであるのは間違いない。
私にはなかなか懐いてくれなかったのに、彼女には簡単に懐いてくれた。
まぁ、私が「死肉の臭い」をしていたというのもあるんでしょうけどね。
もっとも私とカルディアが逆の立場であったしても、シリウスちゃんは、カルディアを慕ったのだろうけど。
(正直な話、あの子に勝てるイメージなんてないもの)
カルディアに勝てるイメージが私にはなかった。
むしろ彼女を見ていると不思議と背中を押したくなってしまう自分がいた。
そう思ってしまう時点で私は彼女には勝てないと言っているようなものだった。
でもそれが嫌ではなかった。
カルディアに負けるのであれば、納得できる。
不思議と私にはそう思えていた。
(逆に目の前にいるこの女はダメですけどね)
狂気を撒き散らしながら高らかに笑うアルトリア。高らかに笑いながら私の防御を抜こうとしている。
その姿を見たら、千年の恋も一瞬で冷めるだろうと思えてならない。彼女の「本質」を知ればなおさらだ。
「どけ、天使! 私の邪魔を──」
「……邪魔? 当たり前でしょうに、「死肉」臭い女なんて主様の元へ行かせられるわけがない」
アルトリアの「本質」を口にすると、彼女の動きが止まった。
でもそれは驚愕でも怒りでもない。その顔にあるのは困惑だけ。
「……なにを言っている?」
「……やはりわかっていないのか。あなたはあなた自身がどういう存在であるのかを理解してないようですね」
「だからなにを言っている?」
わけがわからない。アルトリアの顔にははっきりとそう書かれているが、あえて口にしてやった。彼女の、いや、彼女たち姉妹の「本質」を。
「あなたたち姉妹は、アンデッドだと言ったんだよ」
「は?」
アルトリアはそれまでの狂気を、いや、表情とともに言葉を失った。
続きは十六時になります。




