Act9-327 死の宣告
アイリスさんが遠ざかって行く。
レアママの体を抱えて遠ざかって行く。でもまだ近い。そう、その距離では近すぎる。いまのこの体にとっては、その距離は近すぎるんだ。
もっと速く。もっと遠くに行ってほしい。少なくともこの男を噛み殺すための攻撃の余波に巻き込まれないようにはるか遠くへと行ってほしかった。レアママの体をこれ以上傷付けたくないけれど、同じくらいにあの人にも傷ついてほしくなかった。……傷つくのはもう私だけで十分なのだから。
「おやおや、来ないのですか、神獣王殿?」
竜王ラースはにやにやと笑いながら言う。よほどこの男は死にたいようだった。レアママならいざ知らず、たかが「七王」風情が神獣となった私に勝てると思っているのだろうか?
「……貴様を殺すことなどたやすく行える。だが、この距離では無意味に巻き込むだけだ」
「ふふふ、ずいぶんとお優しいことですなぁ。我ら下々のことなど神獣王殿は気にされることなどないと思っておりましたが」
「……抜かせ、下郎が」
竜王ラースはどうも私を怒らせたいようだ。どうしてそこまで私を怒らせたいのかはいまのところわからない。
だが、竜王ラースを殺すことはいまの私にはたやすいが、それは同時に周囲へ甚大な被害を及ぼすことになる。私はもう誰にも傷ついてほしくない。私の敵となる愚か者以外は、誰も傷ついてほしくない。
だからアイリスさんが見えなくなるまで。最低でもその姿が見えなくなるまでは動く気はなかった。いや、動く意味はない。私が動けばそれでこの男は終る。いや、そもそも動く意味さえないんだ。
「ひとつ忠告をしよう、竜王ラース」
「なんでしょう?」
「おまえは、まだ生きているつもりのようだが、もうすでに貴様は死んでいる」
「ほう?」
眉尻を上げながら竜王ラースは笑った。はったりだと思っているかもしれない。だが、いまの私は神獣だった。神獣たる私は自身の言葉を違えることはしない。つまり私が死んでいると言ったら──。
「おまえの死は絶対である。我が死んでいると言ったら、おまえはすでに死んでいるのだ。竜王ラース。いや、かつての英雄ベルセリオスよ。英雄の名のままに死ぬがよい」
私の声とともに竜王ラースの周囲を無数の刃が囲んでいく。ただしそれはレアママのように色とりどりのものではない。そもそも色自体がなかった。周囲と同化するようにそれはそこにある。見やすいように少し輪郭をはっきりとさせてあげた。
「これは」
竜王ラースが目を見開いた。自身を屠る無数の刃にようやく気づいたようだった。すでに逃げ場はない。あとは私が吼えるだけで刃は竜王ラースを襲うだろう。
「貴様にはすぎた手向けだろうが、私の奢りだ。好きなだけ喰らうがいい。我が無数の牙をその身で喰らえ」
「これが「空」属性。天も冥もそして刻さえも超えた原初の力」
竜王ラースは唖然としている。だが、付き合ってやる気はない。この男にはさっさと死んでもらわねばならない。私の本番はこの先にいるスカイディアだった。竜王ラース程度の雑魚に付き合っている暇はない。
「死ぬがいい、竜王ラース」
宣言と同時に吼えた。無数の刃は一斉に竜王ラースへと突撃した。が、竜王ラースは避けるどころか、防御さえもせずに無数の刃にとその身を晒していた。
(……なんのつもりだ、この男は?)
いったいなにがしたいのか。わからなかった。わからないまま、私は竜王ラースを無数の刃で切り刻む。その罪を償わせるための断罪の刃を放ち続けたんだ。




