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Act9-324 犯人

 蛇王様が亡くなられていた。


 誰が見ても蛇王様が亡くなられていることは明らかだった。心臓をひと突きにされている。姉様も同じことをしていたけれど、それでも蛇王様は生きておられていた。正確にはその身に宿った「呪い」によって生きていた。


 でも、今回ばかりはその「呪い」の効力は出ないだろうと思えた。


 蛇王様の胸に突き刺さっているのは、間違いなくヴァンデルグだ。聖剣から魔剣にと堕ちた剣。もとは「クロノス」に匹敵する聖剣だったのが、いまや見る影もない。


 だけどその能力は聖剣のときからはるかに強化されている、とお父様は言っていた。あくまでもお父様のお話では、だった。


 でも蛇王様を殺したということは、この方に宿る「呪い」さえも抜いたということになる。「呪い」さえも抜けるほどの強力な剣。それがいまのヴァンデルグということ。その能力は詳しくは知らない。そもそも見たのだって初めてだったのだから。そもそも叔父様と会うのだって今日が初めてだった。だから叔父様の剣であるヴァンデルグを見るのだって初めてだった。


「レア、ままぁ」


 シリウスちゃんは泣きじゃくっていた。大好きなママのひとりを喪ってしまった。守ることはできなかった。それどころか、守る以前の問題だった。


 蛇王様はとても美しかった。普段からお美しい方ではあったのだけど、いまはその美しさにより磨きがかかっているように思える。……とても悲しいことではあるけれど。シリウスちゃんにとっては笑えない結果だろうけれど。


 でもいまの蛇王様が普段よりもお美しいのは間違いなかった。……それがなんの慰めにもならないことは私自身がよくわかっていた。


 お母様たちを喪ったとき、亡くなられたお母様を見たとき、当時は泣きじゃくっていた。でもいま思えばあのときのお母様たちはとてもお美しかった。普段からお美しい人たちだったけれど、あのときはその美しさにより磨きがかかっていた。それこそひとつの美術品のようにだ。最高の画家が手掛けた絵画のように。


 だけど、どんなに美しくて母を喪ったという悲しみには敵わない。いまのシリウスちゃんはまさにそうだろう。なんて声を掛けてあればいいのかがわからない。


 そもそも私に声を掛けてあげられる資格なんてあるんだろうか。私はこの子から大切なものを奪ってしまった側の人間だった。


 そんな私がなにを言える? なにも言えるわけがないじゃないか。


「れあまま、なんで? なんでなの?」


 だけど、いまのシリウスちゃんの姿を見ていると声を掛けずにはいられなくなってしまう。蛇王様を殺した下手人が誰なのかを私は知っている。その下主人が私の身内であることもまた。


(……どちらにしたって嫌われるでしょうね)


 蛇王様を殺したのは叔父様だった。その胸に刺さるヴァンデルグがなによりもの証拠だ。同じ「七王」と言う括りでも、人として最強の一角と数えられていても、叔父様には敵わなかったという証拠。蛇王様よりも叔父様の方が強かったというだけのこと。


 でもシリウスちゃんにとってはそれだけのことじゃない。あたり前だ。母親を喪った子に「それだけのこと」なんて口が裂けても言えるわけがない。


 でも下手な慰めはかえってこの子を傷付けることになる。


 どうしたらいいのかがわからない。


 どう声を掛けてあればいいんだろうか?


 なんて言ってあげればいいんだろうか?


 私はなにをしてあげられるんだろうか?


 わからなかった。なにもわからなかった。


 なにもわからないまま、時間だけが過ぎていく。シリウスちゃんの慟哭が森の中にこだましていった、そのとき。


「そなたは、アイリス、だったな?」


 不意に声が聞こえてきた。私が顏を向けるよりもシリウスちゃんが顏を上げる方がはるかに速かった。いままでに見たことがないほどに鋭い目を、憎悪に満ちた目をその人に、私たち姉妹にとっては叔父にあたり、この世界にとってみれば伝説に謳われる英雄であり、そして──。


「竜王、ラース!」


 ──蛇王様を手に掛けたであろう下手人である竜王ラースにと注がれた。

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