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Act0-13 母への想い

「親父と母さんを悪く言うな!」


「……では、なんと言えばいい? 貴様のような虫けらを産み育てた両親を、なんて言えばいいのだ?」


「親父は、すごい人だ」


「ほう?」


「母さんがいなくなった日から、俺や兄貴たちを男手ひとつで育て上げてくれた。じいちゃんやおばあちゃんの手を借りることはあった。それでも、ほとんどのことを親父は、経営する会社で大変なのに、文句ひとつ言わずにやってくれていた。そんな親父を俺は尊敬している!」


 そう、親父は男手ひとつで俺たち兄妹を育ててくれた。経営する会社は、都心近くの小さなベッドタウンにあるとはいえ、会社を経営している以上、その多忙さはひどいものだった。そんな親父の背中を見て、俺は育った。兄貴たちだってそうだ。だからこそ兄貴たちは「すけひと」に就職した。実家が経営しているからという理由もあっただろうけれど、それ以上に多忙な親父を少しでも支えたいし、恩返しをしたかったからだ。


 俺だってそうだ。数年前から「すけひと」の仕事をするようになったのは、少しでも親父のためになにかをしたかったから。いまや未成年は俺ひとりになってしまったから、面倒を看るのは俺ひとりになった。それでも、親父の仕事は大変なままだ。


 なのに親父は、仕事の合間を縫っては、いや、仕事のスケジュールをみずから調整し、三者面談があれば、仕事が終わり次第、飛んできてくれる。授業参観があれば、いつも来てくれていた。目が合えば、大柄な体なうえに、仏頂面には似合わない笑顔を浮かべてくれていた。運動会や体育祭があれば、いつもお手製の弁当を持って、大声で応援してくれていた。もっとも応援してくれるのは、親父だけじゃなく、兄貴たちや義姉さんたち、それにじいちゃんもいた。おばあちゃんも生きていた頃は、来てくれていた。


「そんな親父を俺は尊敬している! いつかはあの人みたいな大きな人になるんだって決めている!」


「……ふん。では、母親はどうなのだ? いなくなったということは、死んだか出て行ったのであろう?」


「……そうさ。母さんは俺を産んですぐにいなくなった。死んだわけじゃない。出て行ってしまったよ。だから俺は母さんのことをなにも知らない。写真や映像でしか母さんを知らない」


「……産んですぐ、か」


 ラースさんの表情がわずかに憐れむようなものになったが、すぐに薄ら笑いを浮かべた。


「ふん。まぁ、産んですぐに娘を捨てるような女なのだろうさ。まさに虫けらではないか」


「……違う。母さんはそんな人じゃない。そんな人を親父がいつまでも愛しているわけがない!」


 そう、母さんを快く思っていない人はいるだろう。うちの家のことを少しでも知れば、みんな母さんを悪く言う。でも俺はそうじゃない。母さんはいない。俺が産まれてすぐにいなくなってしまった。それは変えようのない事実だ。


 だからと言って、母さんがひどい人ってわけじゃないと思う。なにかしらの理由があったんだ。俺を置いて行かなければならない理由があったに違いない。


 だって、おばあちゃんは言っていた。母さんを恨むなって。それは母さんに、どうしようもない事情があったってことだった。俺を置いていなければならない、大切な事情があった。それはきっと俺を天秤にかけても、選ばなきゃいけないことだったはずだ。


 そしてその事情を、母さんは親父だけではなく、俺以外の家族全員に言ったんだ。そしてみんながそれに納得してくれたんだ。でなければ、親父はきっととっくの昔に母さんを想わなくなっているはずだ。親父は百年の恋をするような人じゃない。あの人はリアリストなところがある。そんな親父がいまも母さんを愛しているということは、なにもかもを捨てて行った母さんには、やむにやまれぬ事情があり、その事情を納得したうえで、見送ったってことだ。そのうえで、いまもな愛している。そんな親父が愛する人が、ひどい人なわけがなかった。


「俺は親父が愛している母さんが好きだ! 会ったことがなかったとしても、俺は母さんが好きだ! 大好きだ! だから母さんを悪く言うな!」


 顔が熱い。すごく熱い。むちゃくちゃ恥ずかしい。それでも言わなければならなかった。


「……虫けらゆえかの。その同族への愛情は」


「虫けらじゃない! 俺はいま虫けらかもしれない! でも、親父と母さん、いや、ふたりだけじゃない! 俺が好きな人たちはみんな虫けらじゃない! だから俺は帰るんだ! みんなのところに帰るんだ!」


 一度は諦めそうになった。でもここまで言われて、そのまま諦めることはもうできない。というより、したくない。俺は絶対に帰る。絶対にまたみんなと笑い合っていたい。だから──。


「俺は、もう諦めない!」


 言いながら、俺は右の拳を引いた。そのまま片足があがるほどに体を反らせ、思いっきり右腕を振り抜いた。殴ることはない。そう、自分でも思う。でもなんというか、その場の勢いとノリでつい殴り掛かってしまった。でも、どうせ殴ったところで大したダメージを与えることはできそうにない。それにまぁ、ラースさんだって、わざとこういう風にさせようとしているのだろうから、怒ることはない。そう思っていた。


 実際ラースさんはどこか嬉しそうに笑っていた。ようやくその気になったか、と顔に書いてあった。やっぱ発破をかけるためだったようだ。それを最初から理解しつつも、乗ってしまった俺は、たぶん自分で思うよりも単純なのだろうな。そう思いながらも、右拳はラースさんへと向かって行く。そしてあと少しでさっきと同じ位置に突き刺さろうとした、そのとき。


『……力を授けましょう』


 不意に声が聞こえた。なんだと思ったときには、なぜか右の拳が金色に輝き始めた。その光景に俺は唖然となった。毅兄貴の好きな昔のアニメの、最終話でとんでもなく恥ずかしい告白をして、そのままのノリでハートマークの風穴を、ラスボスのどてっぱらに開けたアニメの代表的な必殺技が脳裏に浮かんだ。あ、でもあれは指か。ひとりノリツッコミをしている間に、俺の拳はラースさんの頬に文字通り突き刺さった。


 しかしさっきとは違い、ラースさんの体が大きく後退した。見れば、殴られた痕跡と唇の端から血が流れていた。魔族の血って青いイメージがあったけれど、ラースさんの血は赤いものだった。魔族も人と変わらないんだなぁとそんなのんきなことを考えていたが、ラースさんは目を瞬かせていた。その表情は驚愕然としたものだった。そしてそれはラースさんだけじゃなく、勇ちゃんさんやグラトニーさん、エンヴィーさん、ほかの七王さんたちや勇ちゃんさんの仲間みたいな人たちも、つまりは食事場所の大部屋にいた全員が唖然としていた。


 あれ、これは俺なにかやらかしてしまった系かな。そう思っていると、ラースさんが急に笑い出した。しかも笑いの三段活用でだ。いきなりのことにちょっとびっくりした。が、ラースさんは俺の反応をさらっとスルーしながらこう言った。


「まさか「英雄」の素質を持った者だとは。なるほど、エルヴァニアの狸は、とんでもない者を召喚したのだな」


 ラースさんはそう言ってまた笑い始める。


 だが、当の俺は、ラースさんがなにを言っているのかわからないまま、ただ途方に暮れていた。


「「英雄」の素質ってなに?」


 まったく意味がわからないまま、俺はひとり状況を飲み込めずにいた。

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