Act9-310 血と涙と
ラストに注意です。
血の臭いがする。
体中から血を流していた。血を流すことなんて本当に久しぶりだった。こんなにも苦戦することなんて、もうどれくらい前のことだろうか。
思い出すのさえも億劫になるほどに、私は苦戦したことがなかった。いや、苦戦する前に相手を殺してきた。というよりも相手が死んでしまう。
私にとってはただのけん制の一撃だというのに、それだけで相手は死ぬ。だからけん制の一撃であってもかなり手加減しないといけなかった。
でもいま私はけん制の一撃でもなければ、本気での攻撃を、それも殺すつもりでの攻撃を立て続けに放ち続けていた。
それでも相手は死なない。それどころか、私の攻撃を文字通り斬り抜けながら、私に一撃を当ててくる。それも一撃一撃がとても重たく、速く、そして鋭い。そんなふざけるなとしか言いようのない攻撃をあの男は放ち続けていた。
いまだって、無数の球と刃を放った。しかしそのすべてをあの男は斬り抜けてくる。すべてはあの男の持つヴァンデルグの能力。
だが、その能力を十全に使いこなしているのだから、あの男の実力としか言いようがない。圧倒的な格上。同じ「七王」だというのに。その能力の格差はあった。
「無駄だと言っているだろう、レヴィア」
あの男がヴァンデルグを振るう。避けることはできない。できるのは拳に属性を纏わせて殴り返すだけ。でもそうして纏わせた属性さえもヴァンデルグには喰われてしまう。本当に嫌になるくらいの私の天敵だった。
「うるせえ、邪魔するな」
汗だくになりながらあの男を睨み付ける。睨み付けながらまた球と刃を精製していく。そんな私を見て、無駄なことをするな、とあの男は言う。
たしかに無駄なことなのかもしれない。あの男には逆立ちしたって敵わないのは私自身理解していることだった。それでもなにもしないわけにはいかない。
「私はあの人の元へと向かう。あの人が待っているんだ」
「それを無駄だと言っている。あの少女はもういない。それにおまえが彼女のところに向かったところで、なにができる? スカイディア様にはおまえの攻撃などなんの意味もないのだぞ?」
スカイディアにはなにをしても通じない。たしかにその通りだ。私のすべてをスカイディアにぶつけたところで、スカイディアにはなんの意味もない。それだけスカイディアは圧倒的な存在だった。「神殺し」をするとは言った。スカイディアを殺すと私はたしかに言った。
だけど、私の実力ではスカイディアを殺すことには至らない。そもそも攻撃が通じない相手では、どうやっても勝ちようなどない。
それでも私はスカイディアを殺すと決めた。あの人のために、邪神であるあの女を殺すと決めたんだ。だからこんなところで足踏みなんてしていられない。
「うるせえ。それでも私は行くんだよ。旦那様のところに。あの人は待っている、って言ってくれた。だからその約束を私は果たすんだ!」
周囲に浮かぶ球と刃を一斉に放つ。同時に「流」の球をいくつも精製していく。放つのはただひとつ。私のとっておきのひとつ「蛇水流」だ。
いくらあの男でも「蛇水流」までも斬り抜くことはできないはず。いや、できないと懸けるだけだった。だからこそ迷いなく、放とうと決められた。
「舞え、そして喰らえ」
「流水球」が徐々に形を変えていく。水の体を持った大蛇へとその姿を変えていく。
「我が道を切り開け、「蛇水流」!」
具現化した「蛇水流」をあの男に突撃させる。水の大蛇は咆哮を上げながらあの男にと向かって行く。すでにあの男へと向かわせていた球と刃は斬りはらわれていた。
だが、「蛇水流」を見てあの男は顔を顰めていた。顔を顰めながら、ヴァンデルグを斜めに構え、どっしりと地面に足を着けていた。「蛇水流」を受けとめるつもりのようだ。
むしろ受け止めることで私の心を折るつもりなのだろうけれど、私の心はもう折れない。私の心が折れるときは、死ぬときだけだ。いや、死んでもこの心はもう折れない。あの人との日々が私を強くしてくれた。だから私が折れることはもうなかった。
「喰らえ!」
「蛇水流」に追加で魔力を送る。ただでさえ巨大な大蛇がよりその身を大きくしていく。人どころか建物さえ丸のみにできるほどに大きな口を開けて、あの男を呑み込もうとしていく。やがてあの男と「蛇水流」がぶつかり合い、そして──。
「言ったはずだ。無駄なことだと」
──ヴァンデルグの切っ先が私の心臓を貫いた。目の前には貫かれて霧散していく大蛇がいる。そして涙を流すあの男が、私の血に濡れたヴァンデルグを持ったあの男が立っていた。




