Act1-36 逢魔が時~血の瞳~
今日で百日目です。
なので、宣言通り、更新祭りです。
具体的には今日中に十連続更新です!
まずは一話目です。
ひと言で言えば、覚醒ですね。
では、どうぞ。
執務室の外の廊下は、すでに暗かった。
この世界には、街灯という概念はないため、夜になれば街中は暗い。
それは家の中とて同じだ。
昼間であれば、差し込んでくる日の光で多少薄暗い程度だけれど、夜になれば日の光は差し込んでくることはない。
月の光はあるけれど、ファンタジー小説にあるような何個も月があるわけじゃなく、この世界の月はひとつだけで、地球と同じだ。
月自体の色は黄色いけれど、その光はなぜか青白い。
その青白い光に、廊下が照らされていた。
照らされていく廊下を眺めつつ、アルトリアと一緒に歩いていく。
アルトリアはずっと俺の一歩後ろを追いかけて来る。
青白い月の光に照らされたアルトリアは、妙に魅力的に見える。
制服の裾から覗く白い素肌が、月の光によく映えていた。
見えているのは手足の部分だけだが、もしもっと面積の多い部分であれば、もっときれいに見えるのだろうか。
たとえば、ベッドの上で産まれたままの姿になった際、その素肌を月の光で照らせば、いまよりももっと映えて見えるのだろうか。
そんなバカなことを大真面目に考えてしまった。
たしかに映えると言えば、映えるだろうが、それを実際に見ようと思ったら、その時点で俺はノンケという看板を下ろさなければならなくなる。
というか、どうやったら、そんな状況になるというのだろうか。
なりたくはないし、ならせるつもりもないが、本当になってしまったら、それはそれで問題な気がしてならない。
主に、アルトリアの意思でそうなったのか、俺がアルトリアをそうしたのかという意味合いでだ。
アルトリアがみずからの意思で、ベッドの上で服を脱いだのであれば、いつものことだ。
だが俺がみずからの欲求に従って、アルトリアの服を脱がしたのであれば、話は別だ。
アルトリアの意思であれば問題はない。
なにせいつもしていることだからだ。
本人の意思でやることだから、問題はなにもない。寝るときに服を脱ぐ人もいなくはないだろうから。
けれど本人以外の意思が加われるのであれば、話は別だ。
本人以外の意思が加わる場合、二通りある。
ひとつは本人と本人以外が納得したうえでのこと。もうひとつが本人の意思を無視したうえでのこと。
前者であれば問題はない。が後者の場合は、強姦まがいなレベルだ。というか、強姦だろう。どう考えても。
さすがに同じ女である俺が、そういうことをするわけがない。
というか、そういうことをするような連中は最低だと思う。
思うのだけど、その最低なことを俺は仕出かしそうで怖かった。
それだけこの頃の俺は、自分のことを信用していなかった。
ちらりとアルトリアを見やる。
アルトリアは依然として、俺の一歩後ろを歩いている。決して俺の前には出ないようにして歩いている。
その姿は、日本古来の良妻賢母を思わせてくれる。
まぁ実際にこうして一歩後ろをずっと歩いているわけではなく、あくまでも一歩後ろをというのは、比喩での意味なんだろうけれど、こうして俺の一歩後ろを追いかけて来る姿は、俺を立てるためにそうしているにしか思えない。
俺を立てつつも、子供の面倒もちゃんと見る。
まさしく良妻賢母だ。
この場合の子供はシリウスだけど、日本でもペットの飼い主に対して、「○○ちゃんのお父さん」とか言うこともあるそうだから、なくはない。
それにペットを子供として扱う同性のカップルもいるわけだから、別に不思議なことではなかった。
やはり問題であるのは、恋人ではないアルトリアを、そういう風に見ているということだ。
加えて、俺自身アルトリアに対する恋愛感情がないというのも、問題のひとつだった。
アルトリアを同性のかわいい女の子としてではなく、想い人として見られていれば、倫理的な問題はあるが、精神的な問題はなにもなかった。
けれど俺はアルトリアをそういう風に見つめてはいなかった。
あくまでも仕事の相棒という程度だ。
それ以上でも、それ以下にもなりえない。
そう、なりえないはずなのに、この頃の俺はアルトリアを性的というか、妙な目で見ていることが多くなっていた。
制服から覗く白い素肌がやけに眩しく見えたり、薄紅色の唇がとても艶やかに見えたり、宝石のような瞳に吸い込まれそうになったり、と。
自分を自分で抑えきれなくあることが多くなっていた。
なんでそうなるのかはわからなかった。わからないまま、その日を迎えていた。
初日の夜は、きれいな満月だった。
スカイストにも月の満ち欠けがあり、新月と満月は当然存在していた。
その日はちょうど満月にあたって、新月より満月の方が、俺としては光が柔らかいと思っていた。
それはスカイストでも、地球でも変わらないことだった。
その満月の日にはある問題が生じるということを、このときの俺は知る由もなかった。
知らないまま、部屋にまで戻ってこられた。
「ここまでいいよ。それじゃ俺はシリウスと寝るから」
部屋の前でアルトリアからシリウスを返してもらおうと、振り返った。
同時にぞくりと背筋が震えた。
アルトリアが笑っていた。
その笑顔はいつもと同じ笑顔のはずなのに、いつもよりも艶やかに見えた。
紅い瞳も、いつもよりも色が濃かった。
それは紅というよりかは、血の色のようだ。
その瞳の色がかえって、アルトリアの素肌を、深雪の肌をより一層際立させてくれていた。
「ダメ、ですよ? 今宵はアルトリアと寝てください、「旦那さま」」
「旦那さま」と呼ぶ声さえも、いつも以上に色っぽかった。
まるで俺の劣情を煽るかのような口調に、胸がどくん、どくんと高鳴っていく。
そんな俺の変化に気付いているのか、アルトリアが顔を近づけてくる。
唇から赤い舌が覗いていた。
紅い舌が伸ばされ、そっと俺の頬に触れる。
アルトリアの舌が、ぬるりとした舌が俺の頬を伝う。
シリウスに舐められているかのようだ。
けれどシリウスとは違い、アルトリアに舐められた頬は、くすぐったさよりも、妙な熱を帯びている気がした。
その当のシリウスはアルトリアの腕の中で眠っていた。
いや眠っているのはシリウスだけじゃない。
ほかの職員たちも全員寝ているようだ。いつもであれば、まだ人が動いている気配を感じられるのに、そのときは人の動く気配が一切感じられなかった。
まるで俺が目を細めたときのように、時間から切り離されてしまったかのような静けさだった。
その静けさの中、アルトリアの舌が動く音が聞こえた。
場違いな音が、廊下に響いていく。
場違いな音が響く中、頬に熱が溜まっていく。
頬に溜まった熱は、自然と俺の体に伝播した。
なぜか立っていられなくなってしまう。
扉を背にして、座り込んでしまった。
するとアルトリアは扉に手をつき、ゆっくりと俺の上に乗りかかってくる。
アルトリアの目が俺をまっすぐに見抜く。そのまなざしは少し怖かった。
「大好きですよ、「旦那さま」」
アルトリアは、俺を見つめながら、みずからの唇を舐めた。
赤い舌が艶やかに動く。
アルトリアの唾液に濡れた唇が、やけに色っぽかった。
けれどやはりどこか恐怖を憶える。
「キス、しますね」
アルトリアが言った。
それはと言おうとするよりも早く、アルトリアが俺の頬に口づけた。
唇ではなく、頬に口づけた。
キスというから、てっきり唇かと思った。
だが、アルトリアがしたのは頬へのキス。
いつも通りのキスだった。少し安心した。
アルトリアの様子はおかしいけれど、中身はアルトリアのまま。
なら怖がることはない。そう思っていたのだけど、アルトリアは俺の予想をはるかに超えていた。
「大丈夫ですよ。「旦那さま」を取って食おうというわけじゃありません。だから怖がらないでくださいね。いまのアルトリアが唇にキスなんてしちゃったら、それだけで「旦那さま」はアルトリアに夢中になってしまいますもの。だから安心していいよ」
そう言って、もう一度頬にキスをするアルトリア。
口調が少しずつ砕けていく。普段のアルトリアとはまるで違っていた。
アルトリアなのに、アルトリアではないように思えてならなかった。
「安心って、なんの話だよ」
「ふふふ、強がっちゃだめ。「旦那さま」はもうアルトリアのものだもの。だから──」
いただきまーす。
くすくすと笑ったと思うと、アルトリアは俺の首筋に顔を埋めた。
同時に痛みが走った。肌を吸われているのではなく、肌になにか硬いものが突き刺さり、そこからなにかを吸われていた。
アルトリアの喉がゆっくりと嚥下している。
喉が鳴る音を聞きながら、俺は痛みに耐えることしかできなかった。
続きは三時になります。




