Act9-298 神を殺す
「──起きなさい、レンゲ」
スカイディアは恋香を呼んだ。
その口ぶりからしてスカイディアと恋香には繋がりがあると言っているようなものだった。たしかに恋香は正体不明の変態だ。
不意に現れてからは、ずっと変態発言を繰り返していたどうしようもない変態だった。
でもどんなに変態であってもあいつは俺にとって妹のような存在だった。
その恋香がスカイディアと繋がっていた。それは胸を痛ませるほどの衝撃だった。
でも、どんな繋がりがあったとしても恋香はもういままで通りには答えてくれない。だって恋香はもう──。
『ハイ。オヨビデスカ、オカアサマ』
念話が聞こえてきた。その声は紛れもなく恋香の声だ。
けれどその声からはあいつらしさはほとんどなかった。
いや、もうあいつはもう存在しないんだってことを突きつけられているようで、ただ胸が痛かった。
「レンゲ、さん? どうしたのです?」
恋香の変わりようにプーレが唖然としている。
いや、プーレだけじゃない。サラさんもゴンさんも怪訝そうな顔をしている。
当然俺の腕の中にいるカティもまた「レンゲ?」と不思議そうに首を傾げていた。
けれど恋香はプーレの声にもカティの声にも答えなかった。
「あら? どうしたの、レンゲ?」
『ナニガデショウカ?』
「すごく片言じゃない。どうしたの?」
『ワタシハ、ナントモアリマセン。ワタシハ、オカアサマノテゴマデス。テゴマニカンジョウハ、ヒツヨウアリマセン』
「あらあら、これはこれは」
ふふふ、と楽し気に笑うスカイディア。その声に、その表情に、苛立ちが募った。恋香がどうしてこうなったのかを理解しているようだ。
いや、恋香がいつかこうなることをわかっていたような口ぶりだった。
「……おまえ、恋香がこうなるのをわかっていたのか?」
声が震えていた。怒りで声が震えていく。
けれどスカイディアはなにも言わない。ただ口元を妖しく歪めるだけだった。
「ふざけんなよ。なに、笑っているんだよ、てめぇ!」
気づいたら叫んでいた。興奮しすぎるのはよくないのだろうけれど、もういまさらだった。
「ふふふ、なにを怒っているの、カレン?」
「なにを? なにを怒っているだと!?」
スカイディアが口を開くたびに怒りが沸き起こっていく。興奮しすぎるのは傷に触る。わかっていることだ。わかっていてもなお俺はこの女を許せなかった。
「おまえが、おまえが、おまえが恋香を殺したんだろう!? おまえのせいで恋香は死んだんだ! おまえなんかのために恋香は人形になったんだよ!」
エレンに教えられたことをそのまま叫んだ。だが、スカイディアはなにも言わない。より一層口元を妖しく歪めるだけで、なにも言おうとしていない。そんなスカイディアの姿に俺の怒りは増していく。
「ふふふ、いいじゃない。だってそれがいま言ったでしょう? それは私の手駒なの。ならその手駒がどうなろうと知ったことじゃないわ。ただそれがそうなったということは。なるほど、なるほど。その子は食われたのね? あなたの中に眠っている本当の「カレン」に。ぱくり、とね。ふふふ、よかったわねぇ、レンゲ。大好きなお姉ちゃんとひとつになれたわよぉ~?」
あははは、と高笑いを始めるスカイディア。その声にその言葉に俺ははっきりと決めてしまった。
「……す」
「うん?」
「俺はおまえを殺す。いや俺がおまえを殺す!」
握りしめていた「黒狼望」を強く握りしめる。腕の中にいたカティが「パパ!」と慌てるけれど、もう俺は自分自身で止めることはできなかった。
「おまえが恋香を呼ぶな。俺の妹に馴れ馴れしくするな!」
「あらあら? でもその妹ちゃんは私が作りだした存在よ? 私が作りだし、そしてあなたの中に送り込んだ。いわば、あなたを殺すための刺客なのよ? その子はそのうちあなたを出し抜いて、あなたの体を奪い取り、あなたの目の前であなたの嫁たちを犯し殺すつもりだった、極悪人よ? そんな極悪人を妹だなんて言って本当のいいのかしらね? むしろお嫁さんの貞操を守れるのだから、死んでくれてかえってよかったんじゃない?」
「うっるせえ! こいつがもともとどういう目的だったとか、そんなことはどうでもいいんだよ! 大事なのは、大事なのはな、恋香が俺の妹だったかどうかってことだけだ! 俺が恋香を妹だって思っていたことだけなんだよ!」
恋香の目的がどういうものだったのかなんて知らない。大事なのは目的じゃない。俺と恋香が姉妹だったってことだ。血の繋がりのない、双子の姉妹だったってことだけだ。その双子の妹を殺された。その死を貶された。我慢できるわけがなかった。
「もう一度言うぞ、俺がおまえを殺す! この世界の神たるおまえを俺が殺す!」
「黒狼望」を突きつけながら俺は叫んだ。怒りのままに、理性を失いながら俺ははっきりと宣言したんだ。




