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Act9-297 証拠

 本日三話目です。

「管制、人格?」


 言われた言葉の意味をすぐに飲み込むことができなかった。


 管制人格。SFものではよく聞く単語だった。


 巨大なコンピューターや作中では最新鋭の戦艦などに搭載される自律行動が可能な仮想の存在。


 アイリスやアルトリアのようなホムンクルスと似て異なる存在を意味する単語。


 けれどその管制人格が俺だとスカイディアは言った。正直なにを言っているんだろうという気分だった。


 だっていきなりお前はもともと存在などしていなかったと言われてもすぐに頷けるわけがない。そもそもスカイディアが本当のことを言っているという証拠さえもないんだ。


 そう、証拠はない。確たる証拠がなければ、スカイディアの言うことはただの嘘ということになる。俺を動揺させるための真っ赤な嘘ということになる。いや、嘘のはずだ。本当のことであるわけがなかった。


「……嘘を吐くにしてももっとましな嘘を吐け」


「ふふふ、そうね。嘘であれば、どんなによかったかしらねぇ?」


 スカイディアは唇を舐めとりながら笑った。まるで蛇の様だ。見えない毒で俺をじわじわと弱らせようとしている毒蛇。それが目の前にいるスカイディアなんだろう。


 でも俺にはそんな毒は効かない。そもそもそんな的外れな嘘なんて聞く気にはなれない。


「黙れよ、嘘つきが。俺のどこが偽物なんだよ? 俺は鈴木香恋だ。鈴木香恋本人なんだよ。だからおまえの言うことは嘘だ」


「その証拠は?」


「は?」


「だから、私が嘘を吐いている証拠はあるのかしら?」


 スカイディアが本当のことを言っているという証拠はない。


 だから嘘だと俺は言った。けれどスカイディアはその揚げ足を取るようにして、スカイディアが言うことが嘘だという証拠はなにかと聞いてきた。そんな返しは普段であれば想像できそうなことだった。


 けれど、その想像できそうなことを、いま言われるまで俺は考えていなかった。スカイディアの言葉を信じるわけじゃない。けれどそのあまりにも突拍子もない言葉に動揺してしまったのかもしれない。


(落ち着け、俺。スカイディアの言葉に騙されるな。動揺するな。あいつが本当のことを言っている証拠なんて。ああ、もう、また証拠か。くそ、落ち着け!)


 証拠がない。本当のことを言っていることと嘘を吐いていること。そのふたつの証拠がないからこそ、俺はいま追い込まれていた。


 なのにまた俺は証拠だなんだのと考えてしまっていた。そんなことをする意味なんてないのに。スカイディアの言葉に踊らされているだけだというのに。俺はいま自分でもはっきりとわかるくらいに動揺してしまっていた。


「ふふふ、かわいらしいことねぇ。この程度で動揺するなんてね」


 くすくすとおかしそうに笑うスカイディア。その言い方だけで十分この女が嘘を吐いていると言えることではあるのだけど、そのことを指摘してもきっとスカイディアは「証拠はあるの」と言うだけだろう。まるで台本で決まったセリフを口にしているかのようにだ。


(これ以上この女に付き合っている場合じゃないか)


 カルディアやシリウスたちのことが気がかりだ。これ以上この女の戯言に付き合う必要はないし、義理も義務もない。俺がここにいる理由はもうなかった。


「……おまえの戯言に付き合ってやる理由はない」


「あらあら、ひどいわねぇ。本当のことを教えてあげているのに」


「うるせえ! ならおまえが本当のことを言っているという証拠を見せろ!」


 売り言葉に買い言葉だった。俺の言っていることもまた台本の中のセリフを読んでいるかのように感じられた。


 腕の中でカティが「パパ、しっかり」と声を掛けてくれる。冷静になれと言ってくれているんだろう。けれど俺は十分に冷静だった。ただ目の前にいるこの女がただいけ好かないだけだ。


「それが冷静じゃないと言っているの」


 カティはボロボロの体で首を振っていた。カティがここまで言うということは本当に俺は冷静じゃないんだろう。


 嘘だと断定しているのだから、動揺することはない。それでも動揺すると言うことは──。


「ふふふ、身に憶えがあるのかしらねぇ?」


 スカイディアがまた笑った。その言葉になんて返せばいいのかがわからなかった。俺はただ「うるさい」としか言えなかったし、言うことができなかった。そんな俺を見てスカイディアは気をよくしたのか、笑みをより深めて言った。


「じゃあ、証拠を見せてあげる。起きなさい、レンゲ」


 スカイディアが口にしたのは恋香の名前だった。

 七月の更新祭りはこれにて終了です。

 いつもよりも短めになってしまい、申し訳ないです。

 明日より通常更新です。

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