Act9-292 娘のために
本日二話目です。
『我が主は本当に無茶をする』
「黒狼望」に宿るガルムが呆れていた。
まぁ、無理もない。俺自身無謀だとは思っているもの。
どう考えてもいまの体調で戦うなんて無茶だった。いや、無謀でしかない。
しかも策もなにもないというのがより輪をかけていた。
だけど、それでもやるしかないんだ。
たとえスカイディアの罠だったとしても、いまの俺にはその罠かもしれない状況に飛び込むしかない。
「……腹が立つわ。ええ、ひどく腹立たしいわ。そんな半死人同然の身で、創造主たる私の前に、絶対の神である私の前に立ちはだかるなんて。殺されたとしても文句は言えないわよ、カレン?」
ゴンさんやサラさんのときとは違い、妙に感情を露にしている。
それも俺を陥れるための罠という可能性は高い。
けど俺の目にはもうひとつ、別の見え方があった。
それは天敵に対する威嚇だ。
……蛙にとっての蛇のように、どうあっても敵わない存在とは言えないし、言う気もない。
けど可能性はある。
スカイディアに一太刀を入れられる可能性があるかもしれないんだ。
どうあってもいまの俺たちじゃ、スカイディアには敵わない。
でも一太刀。そう、ほんの一太刀でも入れられれば可能性はある。カティを取り戻す可能性があるんだ。
今回はカティを取り戻すことが最重要だ。
決してスカイディアに勝つことじゃない。
スカイディアに勝つことなんて二の次以下だ。カティを取り戻すことが目的なんだ。
だから勝てなくても問題はない。
ただ一太刀を入れて、その隙にカティを取り戻せるのであればそれでいい。
そのためには、渾身の一撃を。全身全霊の一撃を放つ以外になかった。
「力を貸してくれ、ガルム」
『……あの子は、シリウスの妹になる子であったな。そして名もなき我が友の忘れ形見でもある。シリウスの妹であれば、我が娘。そして友の忘れ形見であれば、我が後見となるのが筋であろう。どちらにしろ、我にとってもあの子は、カティは娘である。父が子のために力を振り絞らんでなんとする? 余計なことは言わず、ただ一言「行くぞ」と言ってくれればそれでいいのだ』
ガルムは呆れていた。呆れながらも不器用なやり方で背中を押してくれた。 実にガルムらしいことだった。
「……わかった。行くぞ、ガルム」
『心得た。我が主!』
「黒狼望」が光を纏っていく。次いで狼の遠吠えのようなものが聞こえた。込められる力をすべて、俺が扱えるすべての属性を「黒狼望」の刀身に付与していく。
「……火、水、土、闇、嵐に天と刻、ね。そんなに属性を付与していいのかしら、カレン? 下手をしたら、その刀爆発するどころか、消滅してもおかしくないわよ?」
スカイディアが少し後ずさった。その分だけ俺は前に出た。
片目を失ったせいで常に激痛に苛まされている。
一歩進むだけで気を失いそうなほどの痛み。それももう二度と目覚められないんじゃないかと思うほどの痛み。
それでも俺は前に進んでいく。スカイディア目掛けてゆっくりと向かっていく。
「この程度でガルムがどうにかなるわけがないだろう」
「……大した自信ね? でもその刀に宿った意思はどうかしらねぇ? そうでしょう、狼さん?」
スカイディアは笑っていた。笑っているけど、その笑顔は仮面のようなものだとなんとなく思えた。張り付けているだけの笑顔。いや、それはもう笑顔でもない。ただ顔の形を変えているだけでしかない。
『ふん。たしかに凄まじい衝撃ではある。だが、父親がこの程度で倒れると思うてか? 子を想う父がこの程度で倒れるわけがなかろう!』
ガルムが吼えた。
その咆哮にほんのわずかにスカイディアが怯んだ。
いまだ。
そう思ったときには俺は渾身の力を込めて跳躍した。
「俺の娘を、俺たちの娘を返せ!」
叫びながら全身全霊の一撃を、すべての力を込めた振り下ろしを放った。
スカイディアは顔をしかめていた。顔をしかめながら懐からなにかを取り出そうとした。だが──。
「パパの邪魔はさせないの」
──不意にまぶたを開いたカティがスカイディアの手に噛みついた。カティが噛みついたところで大したダメージはないだろう。でもわずかにスカイディアの動きが阻害することができた。
「この、駄犬!」
スカイディアが叫びながら、カティを振り払おうとした。
でもカティは放さない。放すものかとその顔には書いてあったし、その目が雄弁に物語っていた。「いまだよ、パパ」と。そう語っていた。
「……無茶しすぎだ、バカ娘」
手伝ってくれるのは嬉しい。けれど、親をあまり心配させないでほしいものだ。だからこその叱責だった。けれどカティは気にすることなく、むしろより一層スカイディアの手に噛みついていく。
『娘のためにやってやらんとな』
「ああ」
ガルムの言葉に頷いてから、俺は雄叫びを上げた。着地のこともなにも考えずに、ただ全身全霊を込めて、スカイディアに渾身の一太刀を放ったんだ。
カティが美味しいところを持って行きました←




