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Act9-291 約束を交わして

 今日は久しぶりの二話更新です。

 まずは一話目です。

 土煙から現れたスカイディアはそれまでとなんら変わりない姿だった。


「あらあら、すっかりと汚れてしまったわね。わりと気に入っている服ではあったのだけど」


 やれやれと肩を竦めながらスカイディアは言う。ゴンさんの全力の攻撃を受けてもなお、まるで通じていない。着ていた服がいくらか汚れている。その程度の被害しか与えられていないようだった。


「化け物、ですか」


 サラさんが震えながら言った。わかっていたことではあった。仮にも母神と謳われた女だ。この世界で誰よりも強いとまでは言わないけれど、存在の格自体が違っていることは伺えた。それこそこの世界の誰がこの女に攻撃を加えたところで、効果がないというのはある意味ではあたり前なのかもしれない。


 この女がこの世界を創ったんだ。つまりはこの世界に生きるすべての命はこの女の掌の上にいる。たとえそれがドラゴンロードであろうとそれは変わらない。創造主に対して効果がある攻撃はできないという証拠だった。


 むしろこの女にとってみれば、いまのゴンさんの攻撃でさえも子供がじゃれついた程度のものでしかないのかもしれない。あの攻撃でさえも母親にじゃれつく子供のいたずらという程度でしかないのかもしれない。


「ふふふ、化け物とはひどいわね? ただあなたたちでは私には逆立ちをしても敵わないというだけのことなのに。あなたたち「民」では、私を傷付けることはできないというだけなのに」


 スカイディアは口元を妖しく歪めていた。弧を描く口元はただ不気味で恐ろしかった。だからと言って、このまま黙っているわけにはいかない。


「……ゴンさん、降ろしてくれ」


「正気か? まともに動けないというのに」


 ゴンさんは顔だけを振り返らせた。その顔には無謀だとはっきりと書かれていた。たしかに無謀だろうね。無謀極まりないと思う。


 だけど、俺だってなんの考えもなしに降ろしてもらうわけじゃない。あくまでも可能性ではあるけれど、あの女がわざわざ口にしてくれたのだから、実践させてもらうというだけのことだ。


……おそらくは罠という可能性が濃厚ではあるし、俺も含まれている可能性はあるけれど、虎穴に入らざれば虎子を得ず、だ。危険に飛び込まなければ成果なんて出ないんだから、仕方がない。


「あぁ、一発かましてくるよ」


「……言っても無駄、か」


「ごめんね」


「いや、よい。そなたはそういう人だ。ただし」


「うん?」


「……私のかわいい妹を結婚前から未亡人にはしないでくださいねぇ~? この子ってば確実にカレンちゃんさんに操を立てますからねぇ~」


 それまでの口調から普段ののんびりとした口調に戻しながら、なんとも言えないことを言ってくれるゴンさん。でも実にゴンさんらしいことだった。


「……うん、わかっている。約束する」


「絶対ですよぉ~?」


「うん、絶対だ」


 ゴンさんが念押しをするのは珍しい。逆に言えば、それほどの相手ということになる。それほどに無謀なことをしようとしているという証拠だった。


 でも可能性はあるんだ。


 なにせスカイディア自身が言ったことであるし、それに俺を行動不能にしたこともそういう事情があれば理解できる。……仮にも姪の目を抉り出すというのはいかがなものかと思うけど、この女にとっては母さん以外のすべては等しく無価値なのだから、なんの問題もないんだろう。あくまでもこの女にとっては、だけど。


「あらあら、あなたが戦うの、カレン? そんな怪我で? 半死人が出てきても意味はないんじゃないの?」


 スカイディアは笑っていた。


 笑っているけど、どこか様子が異なっている気がする。


 いままで無警戒だったのが、急に警戒を始めたように思える。


 サラさんやゴンさんには、なにをしてもいいと態度だったのに、俺が出ようとしたら、まるでそれを止めようとしていると取れるようなことを言い出した。単純に半死人が出ても戦えないだろうと言っているのかもしれない。


 でもこれがゴンさんかサラさんだったら、そんなことは言わないはずだ。「やれるだけやってみなさい」とか「いまなら届くかもね」とか、できるかもしれないみたいな言い方をして、相手に希望を持たせそうなものだ。


 でもなぜか俺は止めるようなことを言った。その理由が俺の勘違いでなければ、可能性はあるかもしれない。


 あくまでも可能性であるし。そもそも体感的なことだから、事実かどうかはわからない。


 だけど、可能性が大きくなったとは思った。


「……なんだよ、俺が戦ったら困る事情でもあるのかい、伯母さん」


「……さっきも言ったと思うけど、あなたを姪と認めてはいないわ。そもそもあの子の娘というのが信じられないもの。あなたみたいなできそこないがあの子の、スカイストが産んだ娘なんて考えたくもないわ」


 心底嫌そうに顔をしかめるスカイディア。


 母さんが産んだ娘というのがひどく気に食わないようだ。……俺自身そう思っていたけど、もし「別の理由」があるとすれば?


 散々俺を邪険にし、わざわざ俺を行動不能にした理由があるとすれば?


 もっと言えば、俺を行動不能にするためにわざわざこの女自身が出てきたのはどうしてだろうか?


 考えれば考えるほど、ひとつの答えに収束していく。


 でも確証がない。


 単に俺をそういう風に動かすための罠という可能性は否定しきれない。


 否定しきれないけど、いまのままではこちらが疲弊するだけだ。


 それにカティの現状を踏まえるとこれ以上時間は掛けられない。いや違うか。これ以上あの女が俺の娘に触れていることが俺は許せないだけだ。


「旦那様」


 いざ前に出ようとしたら、プーレが俺の腕を掴んだ。その手はかすかに震えていた。


 怖いんだろうね。もしかしたら俺は殺されるかもしれない。


 その光景を見なかったというのは救いかもしれない。


 けど、視認さえもできない状況で俺が死んだことを伝えられる方が残酷と言えるかもしれない。


 そんな恐怖に震えているんだろうか。


「……大丈夫だよ。俺は死なない」


「……約束なのですよ」


「うん、約束する」


 プーレの手をそっと撫でた。プーレは名残惜しむようにして手を放してくれた。


「さぁ、やろうか、伯母さん」


「……本当に腹が立つ子ね」


 スカイディアが舌打ちをする。


 いままでにない反応を見ながら、激痛に苛まされる体に鞭を打って、俺は「黒狼望」を取り出した。

 続きは二十時になります。

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