Act9-288 我、「風」に非ず
昨日は更新できずにすみませんでした。
すっかりと寝落ちてしまっていまして←汗
加えてこんな時間に更新することになってしまった←汗
今月はいろいろとダメですね←汗
さて、今回はゴンさんがすべてを持って行きます←
サラさんが膝を着いた。
本来の竜の姿になっているから、その巨体が膝を着くだけで、震動が起きてしまった。
脂汗を掻きながら、なくなってしまった右腕を押さえつけるサラさん。その姿は見たくなかった。傷つくところなんて見たいわけがなかった。
「サラ! しっかりしなさい、サラ!」
ゴンさんが必死にサラさんを呼び掛けるもサラさんは返事をする余裕もないようだ。
荒い呼吸とこぼれ落ちていく血だけが響く。
まるで呼吸と血が言葉の代わりに返事をしているかのように感じられた。
「あらあら、腕のひとつやふたつが落ちたくらいで。あ、腕はふたつしかないから、ふたつ落ちたら腕がなくなってしまうわね。ひとつだけでも大変よねぇ。なにせ鍛治師は隻腕ではできないものねぇ」
クスクスと楽しそうにスカイディアは笑っていた。
笑いながらわかった。
あぁ、だから腕を落としたのか、と。
「おまえ、サラさんが鍛治師だとわかってやったな」
「ふふふ、さて、どうかしらねぇ?」
口許を押さえて「ふふふ」と怪しげに笑うスカイディア。けど、もう答えたようなものだった。
だってサラさんが鍛治師なんてことは見た目じゃわからない。
そもそも竜族が鍛治師になるなんて、「翼の王国」でゴンさんがねちねちと言っていたときに聞くかぎりは前例がなかったはずだ。
サラさんが竜人であれば、鍛治師という可能性はあるけど、竜族が鍛治師なんて誰が考えるだろうか。
俺も最初はサラさんを竜人だと思っていたからすんなりと受け入れられたけど、まさか竜族だったとは考えてもいなかった。
それは俺だけじゃなく、サラさんに依頼した冒険者たちだって同じはずだ。まさか竜族の鍛治師なんて、と誰もが口にするはず。
だというのに、スカイディアは「隻腕では鍛治師はできない」と言った。竜族の姿になったサラさんを見て、普通鍛治師だとは思わないはずだ。
それでも鍛治師とこの女が言ったということは、最初からサラさんの腕を切り落とすつもりだったということだ。
サラさんから生き甲斐を奪うつもりだったということになる。
「……ふざけんなよ、おまえ」
腹が立った。どうしようもなく腹が立った。
人の嫁を傷つけたというだけでも腹が立つというのに、サラさんから鍛治師という生き甲斐を奪ったことが、サラさんの誇りと尊厳を笑いながら踏みにじったことが、なによりも腹が立つ。
「ふふふ、どうしたのかしら、カレン?」
「……笑っているんじゃねえよ」
スカイディアは笑っていた。笑うスカイディアを睨み付ける。けれどスカイディアは気にすることなく笑っていた。まるで「おまえの怒りなんて怖くもなんともない」と言われている気分だ。
別に俺が怒っても怖くないなんて言われたところで腹は立たない。
だけど、サラさんの夢、誇り、尊厳を踏みにじったことだけは許せなかった。
「おまえ、サラさんがどれだけ鍛治師の仕事が好きなのかを知っているか? 達人や名人の打った武器を見て、いつも目をキラキラと輝かせていたのを知っているか? まるで子供みたいにはしゃいで、いつか自分も打つんだ、って夢を見ているのを知っているのか?」
そうだ。サラさんはいつだって鍛冶仕事に夢中だった。俺のことを旦那様と呼んでくれるけれど、この人の中心にはいつも鍛冶師という仕事が存在していた。その仕事のためにこの人がいままで生きてきたことを俺はほんのわずかに知っている。
すべてを知っていると言えたら格好もつくんだろうけれど、あいにくとそこまでこの人のことを知り尽くしているわけじゃない。なにせいままで生きてきた時間が違うんだ。サラさんがどれほどまでの時間を鍛冶師としての仕事に捧げてきたのかを俺は知らない。
だからすべてを知っているなんて言えない。言えるわけがない。サラさんを大切に想うのであれば、いや、大切に想えばこそ、なんでも知っているなんてことは言えるわけがない。それはきっとこれからだって変わらない。
でもサラさんのことを知ることはできる。どれほどの時間を鍛冶師としての仕事に捧げてきたのか。捧げ続ける中で、どれほどの想いを抱き続けてきたのか。そしてどんなに辛く苦しくても歩みを止めることなく進み続けられるほどに鍛冶師の仕事が好きなのか。そんな彼女が抱いてきた想いを知ることはできる。
俺があとどれほどに生きられるかはわからないけれど、その時間を使ってサラさんのことを知り続けることはできる。
でもそのための時間をこいつは奪った。サラさんの大切なものを奪い取ったんだ。許せるわけがなかった。許していいわけがない。許しておけるわけがなかった。
「スカイディア。俺はおまえを許さない」
ゴンさんの背中の上からスカイディアを睨み付ける。だが、スカイディアは笑うだけだった。
「ふふふ、面白いことを言うのね、カレン。まともに体を動かせないあなたが私を許さないとか、笑える冗談だだこと」
「うるせえよ。体がまともに動かなくても、あんたの喉笛を噛みちぎることはできるんだよ」
「へぇ? 私の喉笛を、ねぇ? その這うことしかできなさそうな体で?」
「そうだよ。這うことしかできない体であっても、どれだけ時間を掛けたとしても、あんたの喉笛を噛みちぎるまで俺は死なねえ。よく憶えておけ」
スカイディアに向かってはっきりと宣言をした。だけどスカイディアは笑っていた。その顔には「できるわけがない」と書かれているようだった。
上等だと言おうとした、そのときだった。
「……すまんが、あなたにあれの喉笛を噛みちぎらせるわけにはいかぬ」
不意にゴンさんが呟いた。普段の間延びをした喋り方じゃない。かと言って空を飛んでいるときのようにオラオラ系の喋り方というわけでもない。その声はただただ怒りに染まっていた。抑えきれない怒りに染まり切った声だった。
「なぜなら、奴の喉笛を噛みちぎるのは我の役目だからだ!」
ゴンさんが吼えた。同時に世界から色が失われ、セピア色へと変わっていく。その光景は俺がよく知っているものだった。
「これは「刻の世界」!?」
シリウスや先代がお得意の「刻の世界」であり、カティから「パパのは下手なの」とダメ出しを喰らったものだった。
「へぇ? やはりあなたは「風」のドラゴンロードなんかじゃなかったのね?」
スカイディアは突如発生した「刻の世界」を見てもこれと言って驚く様子もなかった。むしろ納得したかのようだった。
でも俺にはちっとも理解できない光景だった。けれどそんな俺を無視するようにして状況は進んでいく。
「そうだ。我は「風」のドラゴンロードには非ず。いや、「風」のドラゴンロードではあるが、それは席だけよ。本来の我は、我が司りし属性は「刻」だ。すなわち我は「刻」のドラゴンロードなり!」
ゴンさんが叫ぶ。同時にゴンさんの緑色の髪が灰色にと変色し、それまでとは比べようもない力がゴンさんの中から噴き出していく。
「さぁ、覚悟せよ、呪われし破壊神。我が最愛の妹を傷付けた報い、その身に刻め!」
ゴンさんが再び吼えた。その咆哮に制止した世界が大きく震えていく。震える世界の中で俺はゴンさんの怒りの咆哮をただ聞いていた。




