Act9-282 エゴなる怒りと訣別と
こっちも五日ぶりの更新となりました。
みなさんも季節の変わり目にはお気をつけください。
館が近づいてきていた。館の周辺にある鬱蒼とした森の中を駆けていると、その先にある館へは徐々にだが近づけていた。
ゴンさんの背中に乗っての移動。この霊山に登り始めたときから考えると、ずいぶんとまぁ情けない姿ではあるけれど、それでも山頂にはたどり着いた。
この山頂のどこにスカイディアがいるのかはわからない。この霊山の山頂はとても広かった。それこそ山頂の一角に庭付きの大きな館を建ててもなお余るどころか、山頂に至る入り口付近でシリウスたちが大規模な戦闘をしても被害が及ばないほどに広かった。
「ここはどうしてこんなにも広いんだろう?」
ゴンさんの背中に揺られながら、疑問を口にするとそれまで黙っていたレアが教えてくれた。
「……ここは二代目の「英雄」が死んだ地ですね」
「え? 死んだって、ここで?」
「はい。……いいかしら、ゴン」
「……ええ。いつまでも隠し通せるわけがありませんからねぇ~」
ゴンさんはいつも通りの間延びした口調だったけれど、その声からは悲しみが伝わってくる。抑えることのできない深い悲しみが声の底から伝わってくる。
「二代目の「英雄」エレンはここで死にました。彼女と彼女の仲間たちも含めて、この霊山で竜王陛下と私たちと決戦を行い、敗死したのです」
「敗死、って」
「……私たち「七王」が彼女たちを殺したということですね。まぁ、文献には残っているはずですが」
文献には残っているはず、と言うことはその文献そのものを見ていないということでもあった。レアであれば、目を通しているなら文献に載っていると言うはずだから。それが残っているはず、と曖昧なことを言うのだから、目を通すどころか、確認さえもしていないんだろうね。
それだけレアにとっても「二代目英雄」のことはあまり思い出したくないということなのかもしれない。……個人的にもあまり聞きたくない人なんだけどね。
(というか、あれでよく勇者なんて名乗れたもんだよ)
あの「二代目英雄」がもともとは勇者だったとか、なんの冗談だよと言いたくなる。もっともアルクもかなり俗物的なところがあるから、むしろ勇者というのはそういう俗物な人間が選らばれているんじゃないかと思えてくる。
でもその俗物でも「魔大陸」にまでたどり着いたのだから、アルクにせよ、「二代目英雄」にせよ、相応の実力があったという証拠だった。
まぁ、アルクの場合は俺と同じ半神半人だったということもあるけれど、あの「二代目英雄」の場合は違う。
半神半人でもない。勇者として選ばれてしまった女性だった。
もともとそれだけの力があったのか。もしくは選ばれてからそれだけの力を持てるように努力したのかはわからない。
だけど、彼女が「魔大陸」に来て、この霊山で命を落としたということは間違いないようだった。
「……どうして彼女を? アルクとは仲良くやっていられているんだから、別に彼女とも」
「それは」
アルクと仲良くやれていたのだから、彼女とも仲良くすることはできたんじゃないだろうか。そう俺が尋ねるとレアは躊躇いながら、それでも口を開こうとした。そのときだった。
「……無理もないさ。なにせ彼女を殺したからこそ、そなたの弟君とは仲良くやれたのだからね」
あと少しで森を抜けるというところで、誰かが立っていた。いや、誰かなんて言うのはやめた方がいいか。そこにいるのは、とても見憶えがある姿だった。「その姿」で会ったのは一度っきり。けれど実際には何度も会っていた人だった。
「やぁ、二度目だな、少女」
「……その姿では、そうですね。「陛下」」
そこにいたのはかつて「エンヴィー」の郊外で出会った人──「初代英雄」と名乗った男性ベルセリオスさんだった。でも俺は「ベルセリオス」さんではなく、「陛下」と彼を呼んだ。髪の色は違う。声も少し違う。仮面で隠させているから顔はわからない。
けれど髪の色なんていくらでも変えようはあるんだ。地球だって。魔法のない地球だって髪の色を変えることなんてたやすくできるんだ。魔法があるこの世界であれば、もっとたやすく髪の色を変えることはできるだろう。
だから髪の色が違うからなんてことは理由にはなりえない。声なんて喋り方を変えればいい。顏の方は仮面を外させればそれでいい。
だからこの人がここにいることがおかしいわけがない。むしろ、この人がここにいるのはあたり前と言ってもいい。なにせここはこの人の国だ。そしてその先にある館はこの人の館だ。だからこの人がここにいるのは当然のことだった。
「……「陛下」とはなんのことかな?」
「下手なごまかしはいいんですよ、竜王陛下。いや、こう言った方がいいんですか? 初代英雄「ベルセリオス」殿」
仮面で隠されているはずの表情に緊張が走ったのがわかる。予想していなかったんだろうね。俺がその正体を言い当てたことを。いや、言い当てられるなんてことも考えていなかったのかもしれない。
言い当てられても竜王陛下と「ベルセリオス」さんが同一人物ということくらいで、「初代英雄」とも同一人物だとは考えてもいないと思っていなかったのかもしれない。
「……誰に話を聞いた?」
「さて、ね? 俺の女に、レアに聞いてみたらいいんじゃないですか?」
「レヴィアが私を裏切るとでも? 我が妹が私を裏切ると?」
仮面越しに見える目には、怒りの色で染まっていた。
「……語るに落ちていますよ、ご主人」
やれやれとゴンさんが肩を竦めている。場にそぐわぬ言葉だけど、当の竜王陛下にはもう聞こえていないようだった。
「答えろ。レヴィアが私を裏切ると思っているのか? 妹が私を裏切るわけがなかろう! なぜなら私は押見のない愛情を妹に注いでいる。その愛情に注がれた妹が私を裏切るわけがないのだ!」
竜王陛下は怒りに打ち震えていた。だが、その言葉はずいぶんと独りよがりな想いに覆われていた。もっと言えば──。
「ずいぶんとエゴなことを言うものですね、竜王陛下」
「なに?」
「大きな想いを抱いているからこそ、相手も同じ想いを抱いて当然、なんてものは誰がどう見てもエゴですよ。ああ、この世界でもエゴで通じますかね? それとも独りよがりな気持ちだと言った方がわかりやすいでしょうか?」
竜王陛下をじっと見つめる。すると竜王陛下が唯一露わになっている口元を歪ませた。
「死にたいのか、小娘」
「はっ、その小娘に言いように言われて怒りをあらわにしているようじゃ、自分から「私は小物です」と言っているようなものですよ? お・に・い・さ・ん」
わざと挑発するようなことを言うと竜王陛下が思いっきり歯を噛みしめて叫んだ。
「貴様ぁぁぁっ!」
ついには腰に佩いていた「魔王剣」を、いや、闇に堕ちた「天王剣ヴァンデルグ」を抜き放ち、俺へと向かって来ようとしていた。だが──。
「旦那様に触れさせませんよ」
竜王陛下と俺の間に立ちふさがるようにしてレアがその身を滑り込ませた。
「そこをどけ、レヴィア!」
「どきませんよ。旦那様にその凶刃を振るうというのであれば、あなたは私の敵ですから」
「レヴィア」
竜王陛下が目を見開いた。いまのレアの言葉は相当にショックだったんだろうな。でもレアは気にすることなく続けた。
「ゴン、そしてサラ。旦那様とプーレちゃんをお願いね。このバカ兄に一発お見舞いしたら、私も追い付くから」
「……承知しましたよぉ、レア様」
「先に行っていますねぇ、レア様」
竜族姉妹の言葉に「ええ」と頷きながら、レアは俺を見つめた。
「少し遅れますが、待っていてくださいまし」
「うん、待っているからね」
「はい」
レアは笑っていた。笑いながらいつのまにか周囲に浮かばせていた色とりどりの刃と球を竜王陛下にと向けて放っていく。まさに弾幕だった。その弾幕を竜王陛下はその手に握る「魔王剣」で受けていた。
「行こう」
俺はゴンさんたちに言って、ふたりの脇を通りすぎる形で館へと向かって行ったんだ。




