Act9-276 告げられる言葉
ずいぶんと遅くなりました。そして今週も一話更新のみとなります。
……むぅ、たるんでいる←汗
「──これが旦那様の正妻の力だよ、アルトリア」
雌犬は勝ち誇った顔をしながら私を見下していた。
(誰が、誰が正妻だと!?)
雌犬の言葉に、いや、その存在そのものに怒りが沸き起こる。たしかに殺しておいたはずだったのに、「地獄」からわざわざ戻ってくるなんて、本当にしつこいケダモノだった。どうして黙って死んでいてくれないのか。どうして私から旦那様を奪おうとするのか。私と旦那様の仲をなぜ引き裂こうとするのか。本当にわからない。
「私から旦那様を奪うことがそんなに楽しいか、貴様」
あぁ、ダメだ。口にするだけで怒りが沸き起こる。このケダモノを殺せ、と。その血を啜り尽せと私の中の化け物が叫んでいる。
(あぁ、血が欲しい。滴る血を飲みたい)
血が足らない。このケダモノのせいで血を流してしまった。唇どころか、口の中を切ってしまったし、転がったことで砂利が私の体を傷付け、やはりまた血が流れてしまった。ほんのわずかなものであるけれど、そのわずかなものでも血の臭いがすることが、より一層私を狂わせてくれる。
「……奪ってなんかいない。いや、そもそも奪ったのはあなたの方が先じゃない? 旦那様に無理やり自分を植え付けて、その心を支配した。……私はそっちの方がよっぽど問題があると思うし、くそったれだと思うけどね」
雌犬はやはり私を見下していた。その目もその顔もすべてが私を苛立たせてくれる。旦那様の心の中に居座り続けるこの女の存在がなによりも目障りだった。だから殺した。私から旦那様を奪おうとするこの女が憎たらしくてたまらなかったから。
だけどその殺したはずの女にボロカスに言われてしまうなんて、とんちが利きすぎている。私はなにもしていないというのに。ただ旦那様の一番になろうとしていただけだったのに。なのになんで私の邪魔をするのかがわからない。
「違う! 私は旦那様の心を奪っただけ! 私こそが旦那様の女として相応しいから! だって旦那様が言ってくださったんだ。「俺の女」と! 初めて会った日にたしかに言ってくれたのだもの! 私を「俺の女」と旦那様ご自身が言ってくれた! だから私は旦那様の正妻になったんだ!」
そう、初めて会った日、旦那様は言ってくださった。私を「俺の女」と。そう言ってくださったんだ。だから私は誰になにを言われようとも、みずからの意思を貫いた。旦那様の女として、旦那様の正妻として在ろうとした。それのどこが悪い? 旦那様のご意思を尊重することのどこが悪いと言うのか。
「……違う。それこそ違うんだよ」
雌犬がなにかを言おうとした。だが、それよりも早くシリウスちゃんが首を振っていた。ただ言っている意味がよくわからない。
なにが違うんだろうか? そもそもシリウスちゃんはなにを言おうとしているのか。そっちの方が私にはわからないよ。あなたはなにを言おうとしているの? まま上である私になにを言おうとしているの?
「パパはあのとき、あなたを助けるためにそう言っただけだよ」
「……え?」
なにを言われたのかよくわからない。そう言っただけ? そう言っただけってなに? なにを言ったと言うの? あなたの言いたいことがまま上にはよくわからないよ? なにが言いたいの、シリウスちゃん?
「……パパはたしかにあなたを「俺の女」って言っていたよ。ただのウルフだった頃の私も聞いていた。だけど、当時の私でもわかっていたよ。パパはただあなたを助けるためだけに、人魔族であるあなたを助けるためにあえてそう言っていた。それ以上の感情はなかったよ。少なくとも、その当時は」
「うそ」
そんなわけがない。だって私を愛していると言ってくれたもの。私を嫁だと。俺の女だと言ってくれた。私の魔眼はただ旦那様を素直にさせるためだけに使っていた。だからあれは旦那様の本心であって、決して嘘じゃない。そう嘘なわけがない。私への気持ちは決して偽物なんかじゃない!
「嘘じゃないよ。……そうだよね、パパ」
シリウスちゃんは旦那様を見やる。旦那様はゴンさんに肩を貸してもらいながらも申し訳なさそうにしていた。それが意味することはひとつだけ。でも──。
(違う。そんなわけがない)
──そう、あるわけがない。そんなことがあるわけがないんだ。旦那様が愛されているのは私だ。ほかの女どもはただその体を気に入っているだけ。旦那様が愛されているのは私だけのはずなんだ。だから、信じない。信じられるわけがなかった。
「旦那様、違いますよね? だって言ってくれたじゃないですか。私のことを「俺の女」って。だから、だから私は!」
すがるようにして旦那様を見つめる。けれど旦那様はなにも言わない。なにも言ってくださらなかった。
まるで答える必要はないと言われているかのように思えた。もう答えは出ているのだと言われているように思えてならなかった。
「……すまない、アルトリア」
やがて旦那様は呟かれた。その言葉は、たったひと言の言葉は謝罪だった。それが意味することは誰がどう考えてもひとつしかなかった。
「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
私は叫んでいた。天を見上げながらただただ叫ぶことしかできなかった。




