Act9-275 正妻の力
カルディアが爆弾を投下します
「忌々しい!」
アルトリアが叫ぶ。叫びながら殴りかかってくる。その一撃はすごく速いけど、直線的すぎて避けるのは簡単だった。それどころか──。
「隙だらけ」
──大振りすぎて反撃できるほどだった。背中を預けるようにしてアルトリアと密着してからその腕を取り、アルトリアの勢いと私もまた倒れこむようにしてそのままアルトリアを投げる。
「っ!」
そのままアルトリアを地面に叩きつけようとしていたのだけど、彼女は無理やり私の腕から逃れると上空に飛んで避けた。
「隙ありだ!」
アルトリアが叫んだ。見ればアルトリアの足元には風で作った足場があった。その足場と落下の勢いを利用して蹴りこんでくる。やっぱりすごく速いのだけど──。
「大振りすぎるね」
──一撃を意識しすぎていて動きが丸見えだった。こんなの簡単に避けられる。避けつつ、アルトリアの背後に回る。
アルトリアは舌打ちをしながら回し蹴りを放ってくるけど、やっぱり動きが丸見えだった。というよりも動きが素直すぎる。直線的すぎて動きを簡単に読めてしまう。
(実力的には私よりも上なんだろうけど)
単純な強さという意味であれば私よりもアルトリアは上だった。
けれど単純に強いからと言って、戦いには勝てるのかというのとは別問題で、その証拠が現状だった。
私よりも強いはずのアルトリアは私にあしらわれていた。実力的に考えれば逆であるはずなのにも関わらずだ。
その原因はアルトリアが逆上しているというのが大きいけれど、それ以上の理由がある。
「ずいぶんと素直だね、アルトリアは」
そう、アルトリアの攻撃は素直すぎた。具体的に言えば、直線的なものばかりだ。
もっと言えば力押しばかり。それも全力の攻撃ばかり。
当たればそれだけで私は負けてしまうかもしれないけど、逆に言えば当たらなければどうということもない。
攻撃力という意味であれば、私よりもはるかに強力なんだろうけど、その攻撃事態がわかりやすすぎるものばかりだった。
そんな攻撃なんて当たりようがない。ひらり、ひらりと避けることができる。
「ちょこまかと動くな、雌犬!」
アルトリアが叫ぶ。
たぶん威嚇目的なんだろうけど、その程度の威嚇なんて怖くもなんともない。だからどんなに叫ばれたところで私の動きは鈍ることもない。
でもいまのアルトリアはそんなことさえもわかっていないみたいだ。いや、見ようとしていないのかな?
アルトリアは基本的に自分の見たいものしか見ない。いや、見ようとしない。
アルトリア自身が認めないもの以外はなにがあっても認めようとしない。
それが悪いというわけじゃない。
だって人なんてそんなものだもの。誰だって自分が「こうだ」と思ったもの以外はなかなか認められないもの。
私だって爺様を殺したのが陛下だと思い込んでいた。状況的にそんな回りくどいことをあの陛下がするわけがないなんてことは、考えればわかった。
けれど私は自分の目を、耳を塞いでいた。
結果だけを見れば爺様は殺された。でもそれが陛下の仕業だなんて決まっていなかった。ただ結果だけを見て私は私の都合のいいように自分を言い聞かせていた。
その結果、大恩ある陛下に弓を引き、祖国を混乱に陥れてしまった。
すべては私が浅慮すぎたから。なにも考えていなかったから起きてしまったんだ。
そんな私を旦那様は救ってくれた。旦那様がいてくれたから、私はいまここにいる。
あの人から受けた恩とこの身に捧げてくれる無償の愛に応えるために。
たとえ応えたあと、もう二度と旦那様と会えなくなったとしても、私はそれで構わない。旦那様がこれからも笑顔でいられるのであれば、私はそれでいい。
未練も後悔もたくさんある。だけどこの覚悟だけは決して揺らぐことはない。揺らぐはずがない。だって私は──。
「死ね、雌犬!」
──アルトリアの声。鋭い拳の一撃が飛んでくるけれど、どうでもいいことだった。
そんな怒りに任せた一撃なんて怖くない。そんな一撃じゃ私を殺すことなんてできない。
だって私はこんなところでは死ねないのだから。だって私は──。
「甘いよ、アルトリア」
「なっ!?」
アルトリアの拳を掴む。全身が痺れそうなほどに重い一撃。
でもそれだけじゃ私は倒せない。いや、もう私はこの程度で倒れるわけにはいかないんだ。だって私は──。
「私は、この程度じゃ倒れない。だって私こそが旦那様の正妻だもの。あなたのように偽物に負けるわけがない!」
アルトリアを見つめながらはっきりと言いきった。
アルトリアが歯を軋ませながら「貴様ぁっ!」と叫ぶ。
そんなアルトリアの顏に目がけてお返しの拳をその頬に叩きこんだ。アルトリアは血を吐きながら地面を何度も転がって行った。
「これが旦那様の正妻の力だよ、アルトリア」
地面を転がるアルトリアに向かって私は勝ち誇るようにしてそう言ったんだ。
ある意味火種をぶちまけたカルディアでした。




