Act9-274 カルディアの嘲笑
アイリスは言葉を失っていた。
いや、理解できないのか。アルトリアが言っている意味を理解できないのだと思う。
でもそれは俺も同じだ。アイリスから聞いた話では、彼女の一番古い記憶では、隣の試験管にいたホムンクルスがアルトリアだったという話だ。
でもそのホムンクルスとは別人だとアルトリア本人が言った。
その言葉の意味をアイリスは理解できないでいる。アイリスだけじゃなく、この場にいる全員が理解できないという顔をしていた。
そんな俺たちを見て、アルトリアは笑った。その目は爛々と光っていた。まるで狂気の光を宿しているように思えてならないることなどない。
「お笑い草ね。本当に笑えるよ、アイリス! あなたはまだ私をあのホムンクルスと一緒にしていたのね?」
「なにを、なにを言っているの? 姉様」
「ふふふ、だから言っているじゃない。私はあなたの姉様ではないの。あなたの姉様だったホムンクルスはもうどこにもいない。私が食べてしまったからね」
「食べ、た?」
アルトリアが笑う。その笑みにアイリスは困惑していた。そんなアイリスを見てアルトリアは楽しそうに笑っていた。
「ええ、食べたの。あなたが「姉様」と思っていた、あのホムンクルスは私が美味しく食べたのよ?」
ふふふ、と楽しげに笑うアルトリア。でもアイリスはいまだに状況を理解できないでいるようだった。
「なんのことを言っているの? 姉様が言いたいことがわからないよ? ねぇ、なにを言っているの、姉様!」
アイリスは目尻に涙を溜めていた。涙を溜めながら必死に叫んでいた。
そんなアイリスを見てアルトリアはちろりと唇を舐めて、興奮しているかのように言った。
「やれやれ。本当に察しが悪いなぁ。何度も言っているでしょう? 私はあなたの姉ではないの。私はあなたの姉になるはずだったホムンクルスからその座を奪った別人なのよ」
「嘘。そんなことない! 姉様は私の姉様で──」
「じゃあ、その姉様という存在はあなたを辱しめても笑っていられるのかしら?」
「それは」
「もしくはあなたを痣だらけにしたうえで、肉を切り刻み、抉り刺すようなことをするの?」
「で、でもそれは姉様がおかしくなったからで──」
「違うよ? だって私はおかしくなってなんかいない。だって私はあなたをいたぶるのが本当に楽しんでいるのだもの。あなたの顔が絶望に染まるのを眺めているのが大好きなのよ。だって私はあなたのことが最初から──」
アルトリアは笑った。とても楽しそうな笑顔を浮かべて言ったんだ。
「──最初からあなたのことが大っ嫌いだったの。偽物である私を、あのホムンクルスと同一視しているあなたが嫌いで嫌いでたまらなかった。だからあなたの嫌がることはなんでもさせたの。だって大嫌いな相手が苦しむ様は、最高のショーだもの。よかったよ、アイリス。「姉様」といもしない相手の名を口にしながら、無理やりの破瓜を経験したときのあなたは最高にかわいかった。あなたが痛みで泣く姿はとてもかわいらしかったよ。「ざまぁみろ」と思いながら見学していたよ」
アルトリアの言葉にアイリスの目から光が消えた。からん、とその手に持っていた紅い剣が地面を転がっていく。
「あぁ、その顔。その顔が堪らなく好き。大っ嫌いで仕方がないあなたで唯一好きなのが、その絶望に染まった顔なの。ふふふ、いい子ね、アイリス。私好みの顔を浮かべてくれた本当にありがとう」
傷つききったアイリスを見てアルトリアは興奮していた。興奮しながらアイリスを見やるその姿からは肉親の情なんてものは欠片も感じられなかった。
アイリスを自分の特殊な性癖を満たすための道具としか見ていないというのは明らかだった。
「……狂っているだけだと思っていたのだけど、性格も狂っていたのね、あなたは」
精神的にボロボロになったアイリスを見て、レアが一歩前に出た。するとアルトリアはいま気づいたのか、それまでの笑顔から一転して不快そうに顔を顰めていく。
「なぁんだ。生きていたんですね? 化け物」
「……そうね、私はたしかに化け物よ。だけどね? いまのあなたよりかははるかにマシだと思うよ」
「なんですって?」
「だって、そうでしょう? あなたを慕う子を、姉様とあなたを呼ぶ子の心をあなたはいま殺したのよ? そんなあなたよりも化け物である私の方がはるかに上等だとは思わない?」
ふふふ、と楽し気に笑うレア。そんなレアの言動にアルトリアが舌打ちをした。そのとき。
「レア様。そんなのに関わったら、レア様まで穢れちゃうよ?」
アルトリアを追い詰めてから黙っていたカルディアが口を開いた。普段毒を吐かない彼女にしては珍しい毒舌だった。
(逆に言えば、それだけカルディアも腹を立てているってことなんだろうけど)
普段のカルディアは毒舌なんてしない。まぁ、時折無自覚で俺にトドメを差してくれるけれど、でもそれはカルディアなりのフォローなんだ。決して俺にトドメを差したいわけではない。
でもいまのカルディアが発した言葉は明らかに攻撃的なものだった。
それが意味するのはカルディア自身頭に来ているってことだった。
いままでそういう素振りを見せたことはなかったけれど、カルディアはどうやらアイリスを気に入っているようだ。
ラスティのことを含めてもなおカルディアはアイリスを認めてくれたようだった。その理由はいまいちわからないけれど、少なくともアイリスを貶されて、怒りに燃えるくらいにはアイリスを認めてくれているみたいだった。
「そんなの? いま、そんなのって言ったの? ねぇ、いま私を──」
「うるさいなぁ。あなたなんか、そんなので十分でしょう? それとも自分が上等な存在だとも思っていたの? ちゃんちゃらおかしいよ」
「雌犬の分際で」
「その雌犬に旦那を奪われたバカな女よりもましじゃない? あぁ違うか。あなたは単純に旦那様の好みでもなんでもなかった。そもそも自分に魅力がなさすぎるから、反則技を使ってどうにか旦那様の心に居座れただけの悲しい女だったね? だからまだ抱いてももらえないんだよね? ふふふ、かわいそう」
カルディアはアルトリアを見下すように言った。その言葉に、その表情にアルトリアは叫んだ。
「貴様ぁぁぁぁぁ!」
目を血走らせながらアルトリアはカルディアへと襲い掛かった。だけどカルディアはあっさりとアルトリアの突進を避けた。いや、避けるどころか無防備になっていた背中を蹴り飛ばした。アルトリアの姿勢が崩れ、地面にと倒れ込む。
「無様だねぇ。まぁ、旦那様に相手もされない生娘なんてそんなものかな?」
「殺す。絶対に殺してやる! 今度はもう二度と迷い出ないように殺してやる!」
アルトリアが牙を剥いて唸っていた。
けれどカルディアは気にすることなく、アルトリアを鼻で笑った。
そんなカルディアの態度にアルトリアの怒りは爆発していた。
怒りをあらわにしながらカルディアへと再び襲い掛かるアルトリアをカルディアは薄ら笑いを浮かべていた。
そうしてカルディアとアルトリアの対峙は始まったんだ。




