Act9-271 山頂で
「もう少しで山頂ですねぇ~」
ゴンさんの声が聞こえた。
顔をあげると山頂にある、あの館が見え始めてきた。とはいえ、あそこが目的だというわけではないのだろうけれど、いまのところ山頂のどこに向かえばいいのかはわかっていなかった。
「スカイディアはどこにいるんだろうね」
痛みもいくらかましになってきていた。相変らず死にたくなるような痛みに襲われてはいるけれど、それでもちゃんと生きているし、話すことも辛くはなくなっていた。辛くはないけれど、やっぱり痛みはあるのがどうしようもない。
目を抉り取られてしまっているんだから、痛みがないなんてことはありえない。この調子だとスカイディアのところへ行けても俺は戦力外が関の山か。
(だからと言って行かないわけにはいかねえよな)
たとえ満身創痍だとしても愛娘を助けるためには行くしかない。だって俺はパパだから。パパとしては愛娘を取り戻さないといけないんだ。だからどんな状態になってもスカイディアのところへ行くとは決めていた。そのスカイディアが待つ山頂までもうわずか。
でも山頂は山頂でもどこにあの女が待っているのかはわからなかった。可能性があるとすれば、あの館なんだろうけれど、この霊山のことを俺はほとんど知らなかった。あの館の周辺でゴンさんとキーやんには出会った。そしてふたりに館の中に入れと言われて館の中に入ってからは、あれよあれよといううちに状況が進んでしまったため、この霊山のことをほとんど知らなかった。
まだギルドに常駐していた頃は、執務室の窓からこの霊山をよく見ていたけれど、不思議とこの山に登ろうという気にはなれなかった。
慣れない書類仕事をして疲れていたというのもあるけれど、なんとなくここには近づかない方がいいという気がしていたんだ。
あれはいま思えば、この霊山の空気に怯えていたということなのかもしれない。当時の俺はまだ半神半人には覚醒していなくて、ただの人当然だった。まぁ、ただの人が魔物の大群を相手にひとりで立ち回れるのかということは置いておくとして。
とにかく当時の俺でもこの霊山にはあまり近づこうとはしていなかったのは、この霊山からただならぬ雰囲気を感じ取っていたからなのかもしれない。
こうして山道を登っていてわかったことだったのだけど、ここはたぶん、いや、ここもきっと「禁足地」なのかもしれない。
どことなく「翼の王国」の「禁足地」に雰囲気が似ている。ワイバーンの長老の息子さんが言うには、「禁則地」はほかの国にもあるみたいだし、おそらくはここもそのうちのひとつなんだろうね。
「禁足地」は母神ゆかりの地ということらしいけれど、ここはどういう意味でゆかりの地ということになっているんだろうか? まぁ、そもそも「禁足地」だということも俺の勝手な想像にしかすぎないわけなのだけどね。
「ここも「禁足地」なのかな?」
とりあえずゴンさんに尋ねてみた。ゴンさんは首だけを振り返らせると静かに頷いてくれた。
「そうですねぇ。ここも「禁足地」ということになりますねぇ。むしろ「霊山」と呼ばれる場所は、たいてい「禁足地」ですよぉ~」
「そうなんだ」
相変わらずの間延びした話し方ではあるけれど、ゴンさんの説明でなんとなく理解はできた。考えてみれば、「霊山」と言われるくらいの山でなければ、「禁足地」なんて言われないか。実際山岳信仰というのも日本にはあるんだ。それと同じようなことをこの世界でも行われていてもおかしくはない。
「しかしそうなるとここはいったいどういう理由で「禁足地」になったのかな?」
「翼の王国」の「禁足地」は先代シリウスの体を封印していたからだったけれど、ここの「禁足地」が「禁足地」たりえている理由はなんなんだろうか?
「そのことは私もわかりませんがぁ~。少なくともなにかしらのものがここにはあることはたしかですねぇ~。なにせあのご主人がここに館を立てるほどですからねぇ~。なにかしらの事情があることはまちがいないでしょうねぇ~」
しみじみと頷くゴンさん。ゴンさんもわからない以上、きっと誰に聞いてもわからないだろう。例外はレアくらいだろうけれど、そのレアにしても他国の事情まではわからないはずだ。実際レアを見ても小さく首を振るだけだった。
「まぁ、ここが「禁足地」であってもやることは変わらないか」
ここがどこだろうと俺がやることは変わらない。カティを助ける。それがいま俺がここにいる理由だった。
「待っているんだよ、カティ」
もう直会える愛娘のことを考えながら、俺はゴンさんに揺られて山頂へと向かい、そしてたどり着いた山頂では──。
「お待ちしておりましたよ、旦那様」
──ニコニコと笑うアルトリアが立っていたんだ。




