Act9-266 魔王さえも打ち倒す一撃
バカなことをしている、とは思う。
こんなところで力を使おうなんて馬鹿げている。希望を本当に思うのであれば、ここで力を使い果たすわけにはいかない。だからこんなところで戦うわけにはいかない、はずでした。
でもいまボクは戦おうとしている。いや、戦わなければならないのです。
だって目の前には、ボクが倒さないといけない相手がいる。
ボクのかわいい妹分をまねた外道がいる。その外道が希望のふりをしていることが、ボクには我慢ならないのです。
この外道を叩き潰すためであれば、この身が持つすべての力を使い尽くしても構わない。一時の感情でいままでのすべてを台無しにしてしまっても、この女だけは許しておけない。
「さぁ、構えろ。「冥」のアリア。このボクが貴様に引導を渡してやる」
「冥」のアリア。ボクの最終目標である「刻」のアルトリアと同じ「三姫将」のひとりであり、アルトリアやアイリスさんの妹にあたる子。
その性格は話を聞く限り、アイリスさんにあるような高潔さはなく、かといってアルトリアにあるような一途さもなく、ただ子供のような無邪気さと残酷さが同居しているような少女。
ただしその強さはいまのところ計り知れない。希望の姿をしているせいで、いまいち実力を計りづらいのです。スカイスト様からは気をつけるように言われていましたけど、いまのところ気をつけなければならない理由がわからない。
ただ、アルトリアやアイリスさんにはない得体の知れないなにかをアリアは感じ取れていた。
そのなにかがなんであるのかはいまのところわからない。わからないけど、母仁様が気をつけろと言うのであれば、気をつけるべきです。……もっと具体的に言ってほしかったなぁと思わなくもないですが、忠告されたことには変わらない。
ならば、徹底的に注意を払って戦えばいいのです。
まぁ、注意を払うのにも限度はあるのですけど、いまさらですからね。
(いま思えば、あのゲームのおかげというところもありますかね)
憎たらしいほどに徹底的に鬼畜仕様、特にボクに対しては徹底的なほどに鬼畜でしたが、いま思えばあのゲームがあったからこそ、いまここに立てているわけですからね。
(感謝なんて本当は口が裂けても言いたくないですが、ここに立てる力を得られたことは感謝できるのです。……それでもやりすぎだった気はしますけどねぇ)
「タマちゃん、ひとりじゃさすがに無茶だよ!」
レンさんの声が聞こえる。
相変わらず、レンさんはお優しい人ですね。
でもレンさんが言っていることは間違ってはいないのです。
「三姫将」を相手に単独で戦うなんて無茶にもほどがある。まだその実力のほどをレンさんは理解していないのでしょうけど、少なくとも「七王陛下」クラスじゃないと、単独での戦闘で勝つどころか、生き残るのさえも難しい。
ボクは少なくとも「七王陛下」クラスではないので、生き残れるかどうかも怪しいところ。
だからと言って指を咥えて見ているだけなんてしたくない。
特に相手がボクのかわいい妹分の姿をしている外道であればなおさらです。
「大丈夫ですよ、レンさん。ボクは──」
「余所見している余裕なんてあるの?」
レンさんに振り返って笑いかけようとした。でと相手はそれを待ってはくれなかった。
ボクが視線を外すと同時に踏み込んできたのです。
(不意討ちを躊躇なくですか)
この手の相手というのは、基本的には舐めプするようなのが多いんですが、この女は戦闘に関しては舐めプはせず、かなりガチのようですね。
むしろ普段の態度はこの戦闘時の姿を隠すためのカモフラージュというところですかね?
その手にはレンさんを突き刺したあの黒い剣が握られている。その剣の切っ先がボクの喉元にとまっすぐに向けられていた。
「タマちゃん!」
レンさんが慌てている。
慌てるレンさんを安心させようとボクは笑いました。
レンさんは笑っている場合じゃない!と言いたげなお顔を浮かべていますが、十分に笑っていられる状況なのですよ。だって──。
「は?」
ガキィンと澄んだ音がする。あの女が唖然とした顔をしている。それはあの女だけではなく、レンさんたちも同じでした。ただサラさんだけは呆れていました。
「……本当に要塞みたいな人ですねぇ~」
サラさんはボクの戦闘を見たことがあるからこそなんでしょうけど、驚いてはいなかった。ただ呆れている。ボクにではなく、ボクの自慢の尻尾たちにです。
「し、尻尾で剣を防ぐって、ありなの!?」
そう、ボクの自慢の尻尾たちの前では、すべての攻撃は無意味です。アリアの剣をボクの尻尾たちのうちの三本が自動的に防いでくれました。ただそれはアリアにとってはありえない光景なんでしょうね。目を見開いて驚いていました。
「ありに決まっているでしょう? あと、アリアさんでしたね? さっき余裕があるとかないとか言っていましたけど、あえて答えてあげます」
「な、なに?」
アリアにとってはまだ平静には至れていない。こんな尻尾の使い方をする相手とは戦ったこともないんでしょうね。だからこそ──。
「余裕があるから余所見をしているんですよ」
「な──っ!?」
アリアの目に怒りの色が宿る。けど声を荒げるのを待ってあげるほどボクは優しくはない。
だからこそ、ボクは躊躇いなく「この一撃」を放つのです。
「この一撃、「魔王」さえも打ち倒す」
アリアの攻撃を防いだ三本とは別の三本の尻尾が金色の光を纏っていく。
「ま、「魔王」だと?」
アリアはなぜか衝撃を受けているようでしたが、どうでもいいことだった。残った三本の尻尾でアリアの体を拘束する。
アリアは慌てるが、もう遅い!
「受けよ、無双の一撃!」
金色の光を纏った三本の尻尾による三連続攻撃──突き、薙ぎ、叩く。その三つの攻撃を連続で放つ。その名は──。
「尻尾無双三段!」
──ボクの切り札のひとつ。その三連撃はすべてアリアにと命中し、彼女を向かいの岩壁にへと吹き飛ばしていくのでした。
タマちゃんの奥の手発動でした。
続きは8時になります。




