Act9-265 怒れるタマモ
六月の更新祭り開始です。
まずは一話目となります。
アリアとアルトリアが姉妹であることをしみじみと感じ取れてしまった。
こんなことで感じ取りたくはなかったけれど、感じ取れてしまった以上は仕方がなかった。アルトリアもとんでもない末の妹を持ったものだね。
「おまえがあの冒険者を唆したのか?」
本人がすでに認めたようなものだけど、一応は確認しないといけない。別に義憤に駆られてなんてことは言うつもりはない。
ただ彼とは妙なすれ違いがあった。そのすれ違いを糺すこともできなくなったのが、少し悔しいだけであってそれ以上の感情はない。俺だって人の子だ。わけもわからず恨んできた相手がどんな目に遭おうと知ったことじゃない。
そう知ったことじゃないけれど、それでも見知った相手が殺されたと聞いて黙っていられるわけがなかった。
「そうだよ? 男って単純だよねぇ。少し体を許したくらいで恋人だって勝手に勘違いしてくれるんだもの。おかげですっかりと騙されてくれたよ。泣いて嘘を吐けば、コロッと騙されてくれたもの。本当にバカだよねぇ」
アリアは笑っていた。とても楽しそうに。そしてあの冒険者をバカにするようにして笑っている。別に彼をバカにされたところで俺は怒るつもりもない。そもそも怒る理由がないんだ。だからアリアが彼に対してなにを言っても俺は別にどうでもいい。
(こういうところが俺の悪いところなんだろうな)
変なところでリアリストと言うべきか。アリアの言っていることは相当にひどい内容なのだけど、これと言って心が動くことはない。心が動くこともないまま、アリアを見つめることができていた。
「……余計なことを言っても俺の心が動くことはないぞ、アリア」
「……ふぅん? 意外だね。カレンちゃんは義憤に駆られるタイプかなぁと思っていたのだけど、怒らないんだ? 私の言っていること、だいぶひどいとは思うんだけどなぁ」
口元を歪めて笑いながら、アリアは俺の様子を伺っていた。俺の言っていることが強がりかどうかを確認しているんだろうね。
でもあいにくと俺が言っていることは事実だった。ただ惜しいとは思う。それなりに有望株だった存在がいなくなってしまった。そう思うと惜しいとは思う。でもそれ以上はこれと言って思うこともない。
「わりとひどいとは思うよ。だけどそれ以上のことを思うつもりはない。彼は俺の身内でもなんでもない。ただの他人だ。他人が生きようが死のうが俺にはどうでもいい」
アリアの目を見ながらはっきりと言いきってやった。アリアは一瞬だけ唖然としていたが、すぐにおかしそうに笑い始めた。
「あはははは! これは、これは。すごいことを言ってくれたものだね。私のことを狂っているものを見るような目で、まともではないと思っているような目で見つめてくれていたけれど、あなたも大概狂っているよ、カレンちゃん? 普通はさ、そこまで言いきれないよ。普通はね、普通の人はね、たとえどんな相手だろうと、人の生き死にを聞けば、心が動くものなんだよ? でもそれが動かないということは、カレンちゃんは人じゃないと自分で言ったようなものなんだよ? なのに自分はまともな人間みたいな顔をしているんだから、これ以上おかしいこともないよねぇ。あはははは!」
アリアは腹を抱えて笑っていた。たしかに、そうかもしれないとは思う。
どんな相手だろうと人の生き死にを聞けば、普通は心を動かされてしまうものだ。
でも俺の心はこれと言って動くことはなかった。平静としていた。
その時点で俺はどこかおかしいんだろう。壊れているのかもしれない。それとも半神半人としての力が強くなっているんだろうか? そのせいでより人から遠ざかって行ってしまっているのかもしれない。
自分ではよくわからない。わからないけれど、いまの俺は決してまともは言い難いんだろうね。それこそ目の前にいるアリアのように。いや、アリア以上におかしな存在としてみんなの目には映って──。
「黙りなさい、「冥」のアリア」
不意にアイリスが俺の前に立った。アイリスはどこか怒っているように見える。なんでアイリスが怒っているのかはよくわからない。わからないけれど、いまのアイリスが怒りに震えているということは理解できていた。
「どうしたの、アイリス姉さん? お顔が怖いよ?」
アイリスに向かってアリアは不思議そうに首を傾げていた。アイリスの怒っている理由がわからないみたいだ。もっとも俺自身わかってはいないのだけど、アイリスが俺のために怒っているということはわかる。わかるのだけど、その理由がいまひとつわからなかった。
「私の顏を怖くさせているのはあんたのせいよ、アリア。私はいま怒っているの。だってあんたは私の主様を侮辱した。だから私はいま怒りに燃えている」
「あるじ、さま? さっきも言っていたけれど、それはどういう意味なの? もしかしてアイリス姉さん、カレンちゃんの性奴隷にでもなったの?」
「……違う」
「ふぅん? じゃあ、どういうことかな? 私たちを裏切るとか、そういうこと?」
「それは」
アイリスは言葉を詰まらせた。アイリス自身まだ答えは出ていないんだろう。「ルシフェニア」を裏切るかどうか。その腹はまだ決まっていないようだった。
そんなアイリスの葛藤をアリアは楽しんで眺めているようだった。やはりこいつ相当に性格が終わっているようだ。
「……答えなくてもいいですよ、アイリスさん」
タマちゃんの声が聞こえた。見ればタマちゃんは肩を上気させながら、ゆっくりと前に出始めている。それはまるでこれからタマちゃんがアリアと戦うと言っているかのようだった。
「タマちゃん、まさか」
「そのまさかですよ。この子はボクに任せてください。かわいい妹分の姿をいつまでも真似させられているのは、腹が立って仕方がありませんのでね」
タマちゃんはそう言ってまっすぐにアリアを睨み付けた。その視線はとても強く、そしてとても鋭かった。
タマちゃんVSアリアの開始です。
続きは4時になります。




