Act1-31 平常運転
その後、アルトリアが着替えてくるといって、執務室を出て行った。
貸した上着を羽織るアルトリアに、再度ごめんと謝った。
アルトリアは制服のジャケットとインナー、それぞれのボタンが弾け飛んでいた。
補修しない限り、どうやっても着るのは無理だった。
着られなくはないが、それを着て仕事をするのは、明らかにまずい。
というか、セクシーすぎる。
いや、セクシーというか、一種の痴女となってしまう。
だからこそ着替えてくるようにとアルトリアには言った。
そう、アルトリアに着替えさせたのは、俺がそう言ったからだ。
制服が大破しているのを、誰かに見られるのはまずい。
それも俺とふたりっきりの状態で大破している制服を見られるものならば、完全に誤解される。
誤解されるようなことを俺がしてしまったのだから、無理もないのだろうけれど。
とはいえ、それをわざわざ見せようとは思わない。
それにアルトリアだって嫌がるだろうから。
だからこそ、着替えてくるようにと言ったのだけど、アルトリアはやっぱりアルトリアだった。
「そうですね。これは「旦那さま」の夜伽のお相手のときに着るとします。それとも普段から、これでいたほうがよろしいですか?」
そういって、満面の笑みを浮かべてくれるアルトリア。
どうしてそういう余計なことばかり、この子は言うのか。本当に理解できない。
「いいから、着替えてこい!」
アルトリアを執務室から追い出す。
アルトリアは俺の上着を羽織って、体を隠しながら自室へと戻っていった。
アルトリアはすぐに戻ってきた。
上を替えるだけだから、時間なんてかからないだろうから、すぐに戻ってくるのは、あたりまえといってもいい。
ただなぜか俺が貸した上着をもってきてはいなかった。
上着はどうしたのと尋ねると、きちんと洗濯して返すと言われてしまった。
「借り物はきれいにして返すものですから。どうせなら、そちらのお洋服も洗いましょうか?」
アルトリアが言ったのは、俺がいつも着ている「すけひと」のロゴが入った黒いつなぎだった。
いつもそればかり身に着けているのだから、アルトリアが上着のついでに洗うというのもわかる。
だが、俺が着ているつなぎは毎日洗っていた。とはいっても、あくまでも魔法が使えるようになってからはだ。
それまでは一週間に一回洗う程度だった。
そのときだって毎日洗いたかったけれど、代わりの服がなかった。
下着はさすがにこの世界のものを、「エンヴィー」に向かう前にラースさんから支給してもらった。
ラースさんの城には、メイドさんがいる。
が、メイドさんたちはたいていお金のない人たちなので、ラースさんが生活に必要なものを配給していたそうだ。
それはメイドさんだけではなく、男性の使用人にも同じことをしていた。
そのうちの一部を俺に回してくれた。
合うサイズがなかなか見つからなかったので、苦労したとは言われたけれど。
とにかく下着に関しては、この世界に来た当初から毎日変えていたし、洗ってもいた。
ただ服だけはなかなか洗う機会がなかった。
なにせラースさんのところのメイドさんたちが着る服で、俺に合うものがなかったし、合うものがあってもメイド服で戦えるわけがなかった。
服はなかったけれど、肌着に着られるシャツはもらえた。シャツは小さくなければ、着られれば問題はなかったので、つなぎを洗うときは、その肌着と下着だけで一日過ごすことがあった。
だが、その姿のときにモーレに見られたのは、いまでも失敗だったと思う。
なにせいつものように部屋に来たら、部屋の主は肌着と下着しか身に着けていないという、ある意味痴女な恰好をしていたのだから、モーレが驚き、慌ててしまったものは無理もないことだった。
ちなみにその後に、長時間お説教をされたよ。
うら若き乙女がそんなハレンチな恰好をするなと本気で怒られた。
そこにモルンさんとミーリンさんも加わってくれたのだから、手をつけようがなかったね。
おかげで翌日はうまく立ち上がることができなかったもの。
その後、つなぎを洗う日のようにと、服をもらった。
服といっても、薄着のパジャマのようなものだったけれど、肌着と下着だけの姿よりかははるかにましだった。
そのパジャマはいまも使っている。
モーレから初めてもらったものだったし、いまもつなぎ以外だとそれくらいしか服はなかった。
モーレを連れて逃げるときに着ていたロープは血がこびりついて取れなくなったから捨ててしまっているので、俺の手持ちの服はあれから変わっていない。
あえて言えば、ギルドマスターになるのであれば、と渡された黒い高そうな上着くらいか。
ラースさんは、俺の分もギルドの制服を用意するつもりだったのだろうけれど、制服と名のつくものは、どうにも苦手だったので断った代わりにもらった。
だって女子の制服はたいていスカートだからだ。
俺にはスカートは似合わない。それもスリット付きのタイトスカートなんて特にだ。
スリット付きのタイトスカートなんて代物は、アルトリアやエンヴィーさんのようなスタイルのいい人が着てはじめて輝くものだ。
俺のようなちんちくりんが身に着けても、子供が背伸びをしているようにしか思われない。
かといって、男性の制服を身に着けても、これじゃない感がするので、嫌だった。
実際一度弘明兄ちゃんの制服を着させてもらったとき、家族全員から似合わないと言われてしまった。
つまり俺は男性ものだろうと、女性ものだろうと、こと制服という名の服は似合わないんだ。
だからこそラースさんに俺の分の制服は発注しないようにしてもらった。
自分でも悪くない判断だと思っているのだけど、どうにもアルトリアには誤解されてしまっているようだった。
「いや、これは一応毎日洗っているんだよ」
「本当ですか?」
ジト目で俺のつなぎを見やるアルトリア。
その目は掃除し忘れたところを見つけようとする、意地悪な姑のような視線だった。
「いや、本当だって。まじでいつも洗っているんだよ!」
「カレンさんのお洋服は、生地がかなり厚そうですけど、毎日洗って乾くんですか?」
「うん、寝る前に洗濯して、風と火の魔法を使って乾かしているよ」
「……屋外でですよね?」
「火の魔法を屋内で使ったら、火事になるだろう?」
あたりまえなことをアルトリアは言ってくれた。そんな常識知らずだと俺は思われているのだろうか。ちょっと悲しかった。
「そうではなく、その際なにを身につけられているのですか?」
「え? 寝巻きだけど?」
「……カレンさんは、女性ですよね?」
「まごうことなき女性ですが?」
「ならもう少し服装に気を使われてもいいのでは?」
「いや、だってさ」
「だってじゃありません」
「でも」
「でももなにもないです」
俺の言い訳めいたことは、すべてアルトリアはばっさりと切り捨ててくれた。
こうなるとなにを言っても無駄だった。
「せめて、本当にそのお洋服が洗っておられるのか、確認させてください」
なぜかアルトリアは俺に抱き着いてきた。
いったいなにをと思っていると、大きく深呼吸してくれた。
どうやら服の匂いを嗅いでいるみたいだった。ちょっと気持ち悪いと思ったのは言うまでもない。
「あ、アルトリア、なにをして」
「好きな人の匂いに包まれていたいと思うのは、ダメなことですか?」
上目遣いでそんなことを言ってくれた。どうにもアルトリアの上目遣いには弱かった。
というか、かわいすぎてなにも言えなくなってしまう。
それさえも計算のうちであれば、アルトリアは相当の策士だった。
「ダメですか? 「旦那さま」」
目が涙で濡れていく。その光景に俺はダメだということはできなくなってしまった。
「……ほどほどにお願いします」
「はい、承知いたしました」
涙目から一転して、満面の笑みになるアルトリア。
ああ、はめられた。そう思いつつも、アルトリアにひどいことをしてしまったから、これでイーブンかなと思いつつ、しばらくの間アルトリアに服の匂いというか、俺の匂いを嗅がれることになった。




