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Act9-257 「オシオキ」

 勇ちゃんが俺の弟だった。


 なんとも反応しづらいことだけど、勇ちゃんの様子からして間違いはないのだろうね。


 あんな弟嫌だわと思っていたのに、それがまさか本当のことになるなんて。「嘘から出たまこと」というわけではないけど、まさかこんなことになるとはちょっと予想外だったよ。


 とは言えだ。


 勇ちゃんが俺の弟であるのは本当のようだ。となれば俺の家族ということになる。


 その家族をクラウディウスさん、いや、この化け物野郎は愚かだのなんだのと言ってくれたわけだ。


 うちの家族をこけにしてくれたんだ。


 その礼はしないといけないよね?


 むしろしないはずがない。


「黙れよ、化け物野郎」


 化け物野郎を「黒狼望」で斬り刻んでいく。


 うちの弟が世話になったお礼をしないとね。そしてアルゴさんを食った仕返しをしないといけない。


 アスラさんと勇ちゃんからは代わってくれと言われたばかりだけど、ある程度は俺も殴っても問題はないはずだ。まぁ、ある程度というよりもめちゃくちゃに殴るというか、滅多切りにしようと思う。


 この化け物野郎にかかわっている時間なんてないのはわかっているのだけど、家族をバカにされて黙っていられるわけがない。


 たとえその家族がいまのいままで家族だとは思っていなかった相手だとしても。


 それでも勇ちゃんが俺の弟であり、俺の家族であるのであれば、俺は家族として、姉としてこの化け物野郎をのさばらせておくわけにはいかないんだ。


「さっきまでとはまるで違う!? まさか加減をされていたのですか!?」


 化け物野郎が慌てているが、答えてやる義理もなければ義務もない。でもあえて言うとすれば、加減なんて最初からしていなかった。ただ躊躇いがあったってだけのことだ。


「……一応あんたとは知り合いだったからね。たとえ正体が人食いの化け物であってもあんたと過ごした時間はたしかにあった。その時間のせいだよ。だからどこかで躊躇いがあった」


 ほんのわずかなものであっても、その躊躇いが剣を鈍らせていた。


 同じ両断であっても異なる結果になってしまう。


 再生ができる両断と再生をさせない両断になっていた。


 具体的に言えば、属性付与させない一撃とありったけの属性を付与させた一撃の違いというところ。いま俺の剣がどちらであるのかは言うまでもない。


『まったく剣遣いが荒い主だ』


「悪いな、ガルム」


『ふん、いまさら謝るなよ、主。それよりもだ。その醜き悪鬼を滅することが先決であろうよ』


 ガルムは少し怒っているようだった。化け物野郎の所業が純粋に許せないんだろうね。父親になるはずだったアルゴさんをこの化け物野郎に喰われたことを怒っているようだ。気持ちはよくわかる。


『その腕に抱けるはずだった我が子を抱けなくなる。それは父としてこれ以上となく無念であろう。たとえ妻とその子を守れたとしても、産まれ来る我が子を抱けない。父としてこれ以上の悲しみがほかにあるわけがなかろう!』


 ガルムが吼える。その咆哮に合せて「黒狼望」の刀身が強い輝きを放っていく。


『醜き悪鬼よ! 父になるはずだった男の嘆きと怒りをこのガルムが代りに味合わせてやろう!』


「なにが、醜き悪鬼だ! 私を醜いと抜かすなど失礼な剣ですな!」


『ふん! 気に食わぬのであれば、悪しき醜鬼と呼んでやろう!』


「貴様ぁ、ただの犬っコロの分際でぇ!」


 化け物野郎が怒りに震えていた。だけど、ガルムは気にしていない。


「……姉ちゃんの剣ってわりと癖強いよな」


「似た者同士なんだろうさ」


 勇ちゃんとアスラさんがなにかを言っているが些事だ。いま大事なのはこの化け物野郎を木っ端みじんに──。


「ダメよ、カレン? 「遊び相手」をそんな方法で殺そうとするなんて。そんな悪い子には「オシオキ」よ?」


 ──木っ端みじんにしようとしていたら、不意に後ろから声を掛けられた。


 振り返るのと同時に手が伸びてきた。視界が半分消えた。


 なにかを引きちぎる音とともに俺は尋常ではない痛みと悲鳴を上げていた。


「姉ちゃん!」


 勇ちゃんが叫ぶ。いや、勇ちゃんだけじゃない。誰もが俺の名を呼んでいた。その呼び声に応えることもできず、俺はただ悲鳴を上げ続けた。

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