Act9-251 恩返しのために
むぅ、今日は一話更新となります。
二話分無理だった←汗
なだらかな坂道を越えるとそこには大量の黒騎士たちが地にひれ伏していた。その黒騎士たちの真ん中には息を切らしたタマちゃんが立っていた。
「タマちゃん?」
「……レンさん。ヒーローは遅れてやってくるものですけど、それにしては遅すぎるのですよ?」
ふふふと苦笑いをするタマちゃん。その手にはゲーム時代と同じフライパンとおたまが、黒い血にまみれたフライパンとおたまが握られていた。
いや、それ事態はいいんだ。
タマちゃんがいまさら剣とか装備したところで使いこなせるとは思えないし。その意味では、フライパンとおたまほど、タマちゃんに適した武器はない。
だからフライパンとおたまで戦っていたのはいい。問題なのは、いまの姿だった。
「タマちゃん、その姿はなんで?」
「……なんでとは?」
「とぼけないでよ! なんで、ゲームの姿になっているのさ!?」
そう、いまのタマちゃんは金色の九本の尻尾とカルディアやシリウスとよく似た金色の立ち耳があった。それはいままでタマちゃんにはなかったものだ。でもその姿を俺はよく知っている。
だってそれはゲーム内のタマちゃんで、「エターナルカイザーオンライン」でのタマちゃんのアバターの姿そのものだった。
「なんでアバターの姿になっているの?」
「……それがボクに与えられた特典だからです。「エターナルカイザーオンライン」において、ボクが所持していたすべてのスキルと「武術」をこの世界でもそのまま使用できる。それがボクの特典なんです」
「すべてのスキルと「武術」を、って」
タマちゃんのアバター「金毛の妖狐」は運営曰く最強へと至れるアバター。
だけど、最初期はステータスが最低なうえに、レベルアップに必要な経験値は通常のキャラの6倍も必要になるという、大当たりなのか大外れなのか、判断に困るアバターだった。
そのアバターをタマちゃんは苦労しながらも最終段階まで育て上げたのがいまの姿だった。
最初期から知っている俺としては、最終段階に至ったタマちゃんの姿を見るたびに強くなったなぁと思ったものだった。
そのタマちゃんがいま「金毛の妖狐」の最終段階の姿になって目の前にいた。
その能力は人間要塞みたいなものであり、全力で戦っても少しだけ分は悪いはずだ。
その人間要塞の力をこの世界でも振るえるとなれば、完全に規格外と言ってもいい力があるはず。
それこそレアたち「七王」陛下クラスの力があってもおかしくはない。
その規格外の力があるはずのタマちゃんがなんで消耗しているんだろうか?
たしかに黒騎士たちは強いけれど、タマちゃんであれば、たやすく殲滅できるはずなのに。なのになんでタマちゃんは消耗しているんだろうか?
「タマちゃん。なんでそんなに消耗しているんだ?」
タマちゃんのそばにまで近寄る。タマちゃんは真っ青な顔をして俺を見上げていた。
見上げられたことでわかった。
タマちゃんの目は充血していた。いや、充血じゃない。
血だ。タマちゃんは血を流しているんだ。
目からも鼻からも耳からも血を流していた。血を浴びているわけではなく、血を流していた。
「タマ、ちゃん?」
目の前の光景を、タマちゃんの現状を理解することができなかった。いや、理解できなかった。なんでタマちゃんは顔中から血を流しているんだろうか?
「……気にしないでほしいのです」
「バカ言うんじゃねえ!」
バカなことを抜かしたタマちゃんを一喝する。タマちゃんは血塗れの顏で苦笑いしていた。その笑顔に胸騒ぎがした。でもその胸騒ぎを無理やり抑え込みながら俺は叫んでいた。
「友達を見捨てるなんてできるわけがないだろう!? それともタマちゃんにとって俺は友達じゃないのかよ!?」
「……いいえ、レンさんは友達ですよ。あの子を、希望を任せられるとボクが心の底から思える人です」
「なら!」
「だからこそ、ボクはここにいるのです」
「え?」
「レンさん。ボクはもうそこまで長く生きられません」
「なに、言っているの?」
「……ボクが与えられた特典は、強力な反面、誓約があるんです。その内容は戦えば戦うほど命を縮めるんです。ボクがこの世界で戦えるのはあと数回ほどです。その数回を超えれば、ボクはそのとき死にます」
「嘘、でしょう?」
「本当ですよ。かと言って戦わなければ、それはそれで命を縮めます。この世界とボクの体はとても相性が悪いみたいです。その相性が悪い世界で強力な力を振るおうとすれば、無理もないことなんですよ」
淡々とタマちゃんは言った。淡々としながらタマちゃんは笑っている。
その笑顔は「エターナルカイザーオンライン」で何度も見たものだった。
そう、何度も何度も見てきた、タマちゃんらしい笑顔だった。
その笑顔がかえって辛かった。涙がこぼれ落ちていく。でもこぼれ落ちる涙を俺は拭うことさえもできなかった。
「泣かないでください。レンさんは笑顔が似合います。ゲームのときだってあなたはいつも笑ってくれていたのです。その笑顔にボクはどれだけ勇気を貰えたのかわからないのです。希望に偽ってばかりだったボクの人生があの日、レンさんとヒナギクさんに出会って変わったのです。だからボクは恩返しがしたかったんですよ。ずっと、ずっとレンさんたちのためにボクにできることを探していたんですよ」
ふふふ、とおかしそうにタマちゃんは笑う。その笑顔はタマちゃんらしいものである一方、モーレとカルディアが浮かべたものに、生きることを諦めてしまった人の笑顔に、迫り来る死を受け入れた人のものだった。
「……なんでいままでなにも言わなかったんだよ」
「言えば、きっと腫れ物を扱うようにされたからですよ。嫌がっているわけではなく、ボクを想うからこそそうするだろうな、と思ったんです。だってレンさんは優しい人だから」
「俺は優しくなんか、ない」
「優しいですよ。足手まといでしかなかったボクを何度も助けてくれた。何度も守ってくれた。そしてたくさんの思い出をくれました。だからボクは命を懸けられるのです。あなたのために命を懸けることができるのです」
タマちゃんの目は強い意思が籠っていた。血を流しながらもその目はじっと俺を見上げていた。逸らすことはできない。いや、逸らせるわけがない。逸らしていいわけがなかった。
「……ごめん」
「気にしないでください」
「気にするよ。しないわけがないだろう?」
涙がまたこぼれた。こぼれ落ちる涙をタマちゃんはそっと拭ってくれた。その手はわずかに震えていた。
「さぁ、行きましょう、レンさん。ボクもスカイディアを打ち倒すお手伝いをします」
「……来るなって言っても来るよね」
「あたりまえですよ」
「……わかった。行こう。シリウス、タマちゃんに肩を貸してあげてやって。シリウスなら背丈も同じくらいだろう?」
「……わぅん」
シリウスはなにも言わずに、タマちゃんに肩を貸してあげていた。タマちゃんはシリウスに「ありがとう」とお礼を言っていた。シリウスは「気にしないで」と首を振っている。タマちゃんを見つめるシリウスはとても悲しそうな顔をしていた。
「行こう」
山頂へと向かって俺は再び歩き始めた。怒りと悲しみが入り交じった感情を抱きながら、山頂へと再び歩を進めて行った。




