Act9-250 突然の再会
剣戟の音がふもとから絶えず聞こえてくる。
ティアリカとティアリカのお兄さん(?)が行う斬撃の応酬は、その音だけでもどれほどにハイレベルであるのかがわかるものだった。
でもその一方で胸が詰まりそうになる。ハイレベルの攻防を象徴しているはずなのに、その音色はどこか悲しかった。
ティアリカだけではなく、お義兄さんの方からも悲しみが伝わってくるのはなぜだろうか?
ティアリカを奮い立たせるためにあの人を偽者だと思えとは言ったけど、本当にあの人は偽者なのだろうか?
偽者にしては、あまりにも悲しみが強い。
まるで本当のティアリカのお兄さんであるように思えてならない。
むしろ、そうでなければこの悲しみはどういうことなのか説明がつかない。
「……悲しい音なのです」
腕の中でプーレが言った。
五感のほとんどが機能しなくなっているけど、ティアリカたちが奏でる剣戟の音は聞こえているようだ。
いや、だからこそわかるのかもしれない。五感が機能しなくなっているからこそ、剣戟に込められた悲しみが伝わってくるのかもしれない。
「プーレもそう思うんだ?」
「……はい。ティアリカさんとそのお兄さんはどちらも悲しんでいるのです」
「……そっか」
「あくまでも私がそう思っただけ、ですが」
「……いや、間違ってはいないと思うよ」
俺だって確信があるわけじゃない。ただその澄んだ音がどこか悲しいと思っただけということであって、本当に悲しんでいるのかまではわからなかった。
でもプーレもそう思うのであれば、きっとそういうことなんだろうね。
「……あの兄妹は不器用すぎるんですよ。まったく昔からなにも変わらないのだから」
やれやれと俺の後を追いかける形で走っていたレアが言う。
昔からとレアは言うけど、どのくらい昔のことなんだろう。
かなり昔からの関係のようだけど、そのかなり昔というのはどのくらい昔のことなんだろう。
そもそもレアとティアリカの関係事態がいまいちわからないところもあるというのに、そこにティアリカのお兄さんも含まれたら、よりわからなくなってしまう。
わからなくなってしまうけど、わかることもある。レアもあのふたりが悲しんでいることを理解しているということがわかった。
「ティアリカさんが戦っている人って本当のお兄さんなの?」
シリウスが驚いている。実の兄妹で殺し合いなんてしているのだから驚くのも当然かな。
「少なくとも私にはあれは本物のヴァンに、ティアリカの実のお兄さんに見えたよ」
「じゃあ本当に兄妹で戦っているの?」
「……そういうことになるね」
レアはなんとも言えない、寂しそうな顔をしていた。
そんなレアの言葉にシリウスはなにも言えなくなってしまっていた。
無理もないか。普通の兄妹であれば、あんなことはしないのがあたりまえだからね。……まぁ、俺も人のことは言えないわけなのだけど。
とはいえ、俺の場合は実際に殺し合いをしたわけじゃない。現実に近い状況で殺伐とした試合をしたというだけのことなのだけど、どちらにしろ、実の兄を相手に文字通りの真剣勝負したことには変わりない。
もっとも口にしなければわからないとは思うので、あえて口には──。
「いま、パパがパパも人のことを言えないと思った気がしたの」
「……ナンノコトヤラ?」
──あえて口にしないようにしていたのに、シリウスにはバレバレのようである。パパ大好きっ子の前ではこんな嘘は通じないようだ。
「……私、パパなんか好きじゃないもん」
「またまたご冗談を」
「ほ、本当だもん! パパのバカ!」
ふ んだと顔を背けてしまうシリウス。愛娘のツンデレはやはりご褒美だね。その一方でバカと言われたことでちょいと「ごふっ」となってしまったが、これもまた愛ゆえのものです。
そんな俺の反応に嫁ズ+ゴンさんとアイリスは少しだけ引いたような顔をしていた。
だが、愛娘の愛らしい姿を見られるのであれば、それくらいは些事よ!
むしろ、「ごふっ」となることさえもご褒美のようなものさ!
「……主様はシリウスちゃんのことに関してはわりと気持ち悪いですね」
「……まぁ、旦那様らしいですね」
「……シリウスちゃんとカティちゃんのことに関しては、飴と鞭ではなく、ジュースとケーキにソファーとなってしまうところはどうにかしてほしいと思うのですよ」
アイリスははっきりと言い切ってくれて、レアはため息混じりに、そしてプーレからは本気のダメ出しを食らった。
些事とは言ったけど、実際に言われると胸に痛いですね。というかもうちょい手加減してほしいなと思うよ。言っても無駄だろうからあえて言わないけども。
「……そもそもカレンちゃんさんの世界でご兄妹での殺し合いはどうかと思いますよぉ~?」
「……こちらの世界でも妹をいびり殺しかねない鬼姉もいますけどねぇ。竜族のくせにぃ~」
「あ?」
「……ナンデモアリマセン、オネエサマ」
俺に対しての苦言を洩らしたゴンさんに、さらに苦言を洩らすサラさんを一言で黙らせてしまうゴンさん。
ここの姉妹は相変わらずの力関係だね。
「……旦那様、旦那様」
不意に黙っていたカルディアが俺の袖を引っ張ってきた。なんだろうと思ったら、カルディアは顔をずいと近づけると──。
「私は旦那様がどうしようもない親バカで、わりと気持ち悪くても心の底から愛しているからね」
──そう言って頬にキスをしてくれた。
その瞬間殺気が入り交じった視線を全身に感じはしたけど、カルディアのキスの前ではどうということもない。
ただ言うことがあるとすれば──。
「トドメを差してくれてありがとう、カルディア」
──愛していると言いながらも、きっちりとトドメを差してくれたことへのお礼を言っておこうか。
「どういたしまして」
ふふふ、とカルディアは楽しそうに笑う。その笑顔に救われた気がした。
「だ、旦那様!」
急にプーレが叫んだ。なんだろうと思ったら、なぜか俺の体を抱き寄せて唇を重ねてきた。そしてカルディアの方を見て、ふふんと胸を張ってくれました。
「むぅ、プーレ。それは私に対する挑戦かな?」
「挑戦? 勝利宣言の間違いなのですよ」
なぜか火花を散らし合うカルディアとプーレ。とても居心地が悪いですね、はい。
「わぅ?パパ、なんか前の方から戦っている音がするよ」
「戦っている音?」
不意にシリウスの耳が動いたと思ったら、シリウスが口にしたのは前方から戦闘音が聞こえると言うものだった。
いま俺たちがいるのはなだらかな坂道。その坂道の先には開けたような場所が見えるけど、そこからの音なんだろうか?
「うん。たしかにこの先から戦闘音がするね」
カルディアも耳を動かしながらこの先の開けた場所で戦闘音がすると言い出した。いまいるメンバーの中で聴覚が優れているふたりが言うのだから、間違いはないんだろうね。
俺にはティアリカの剣戟の音しか聞こえないけど、この先で誰かがスカイディアの言っていた「遊び相手」と戦っているんだろうか?
「とりあえず、みんな戦闘に入れる準備をしておいて」
戦闘準備を促しながら、そのままなだらかな坂道を登り切るとそこには──。
「……遅かった、ですね。レンさん」
──息を切らしたタマちゃんと地に平伏した大量の黒騎士たちがいたんだ。




