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Act9-249 山頂へ

 ティアリカがティアリカのお兄さんである「鍛冶王」ヴァンとの対峙を始めた。


 話は何度か聞いていたけれど、本当の「鍛冶王」ヴァンはティアリカとは違って弱いということだったのだけど、本当に弱いのかと思うほどに「鍛冶王」ヴァンはティアリカと接戦していた。


 ティアリカの剣は圧倒的な速度で針穴を通すような精密なものだった。


 対して「鍛冶王」ヴァンの剣は、精密さは欠片もないが、やはり圧倒的な速度で豪快な一撃を放つというものだった。驚くことに「鍛冶王」ヴァンの剣速はティアリカと引けを取っていなかった。


 ふたりの腕は肘から先がまるで見えなかった。あまりにも剣速がありすぎて、目が追いつかない。


 そんな剣をふたりはそれぞれに振るっているんだ。ティアリカは当然としても、弱いはずの「鍛冶王」ヴァンでさえもそれほどの剣を振るうのだから、弱いってなんだろうと首を傾げてしまいそうになる。


 もっともその内容は殺伐としたものであるから、はたして首を傾げるのが正しいのかはわからないけれど。


「ふふふ、美しいわね。実の兄と妹が殺し合いをする。あぁ、なんて美しい光景でしょう」


 そんな殺場とした光景を眺めながらスカイディアは興奮した様子で俺たちを見下ろしていた。


 つい少し前まではすぐ近くにいたはずだったのに、いまは少し登った崖の上から俺たちを見下ろしていた。


(いつのまに移動したんだ、あの女は)


 移動する素振りどころか、その音さえなかったのに、いつのまに移動していたのだろうか。


「さて、カレン。よく来たわね。そんなにカティちゃんが大事かしら?」


 くすくすと笑いながら傷だらけになったカティの頬を撫でるスカイディア。カティが痛みで顔を歪ませるが、スカイディアはお構いなしにカティの頬を撫でていた。


「やめろ、スカイディア! カティが痛がっているだろう!」


「あら? あらあら本当ね? おかしいわね。そんなに強く撫でてはいないのだけど?」


 ふふふとおかしそうに笑うスカイディア。誰がどう見てもわざとだ。というか、白々しいにもほどがある。カティが痛がるのをわかったうえでやっている。性格の悪さがにじみ出ていた。


「うちの愛娘をそれ以上傷付けたら承知しないからな!」


「ふふふ、怖い怖い。まるで猛犬のようね。まぁ、犬の親が犬なのは当然かしらね」


「誰が犬だ、誰が!」


「あなたのことだけど?」


 くすくすとスカイディアは口元を押さえて笑ってくれる。その笑顔に心底腹が立った。


 でもどんなに腹を立ててもスカイディアを攻撃できるわけじゃなかった。そもそもいま目の前にいるのがスカイディア本人とは限らなかった。


「……ひとつ聞く。いま俺たちの前にいるのはおまえの生身か?」


「あら? 気づいたの?」


 意外そうな顔をされてしまった。どうやら気づかれないと思ったようだった。だけど、なめるなと言いたい。気づかないわけがないだろうに。


「あんたみたいなタイプがのこのこと姿を表すとは思えなかった。それも人質であるカティを連れてなんてありえるわけがない。あるとすれば、遠隔から現実の光景を投射しているってところだろう?」


 いわゆるホログラムを使っているはずだ。母さんの「言霊」の立体バージョンというところか。スカイディアが本当の「母神」であれば、それくらいはできるはず。


「ふふふ、打てば響くというのはこういうときに言うのかしらね? でもご名答。いまあなたたちの前にいるのは、私本人じゃないわ。私はこの霊山の山頂にいるの。カティちゃんと一緒にね。カティちゃんを返してほしければ山頂にまでいらっしゃい。各所に遊び相手を用意してあげているから、その遊び相手を乗り越えて、ね。ふふふ、待っているわよ」


 言いたいことを言いたいだけ言ってスカイディアとカティは一瞬で姿を消してしまう。


「山頂、か」


 見上げるも山の頂ははるか先にあってほとんど見えなかった。


 けれどそこにカティがいるというのであれば、行くしかなかった。


 だけどティアリカを置いて行くなんてことはしたくない。


 ただあのスカイディアがいつまでも待っているとは思えない。


 できるだけ早めに山頂には行きたい。でもティアリカを置いて行くのは──。


「構いませぬ! 手前もこの偽物を誅滅しましたら、すぐに追いかけます。だから旦那様は速くカティの元へ!」


 ──ティアリカを置いて行くことはできないと思っていたら、当のティアリカに背中を押されてしまった。


 ティアリカも本当ならすぐに行きたいだろうに、偽物かもしれない「鍛冶王」ヴァンとの決着を優先したようだった。


 むしろここできっちりと決着を着けておかないと危険だと感じているのかもしれない。


 どちらにしろ、このままここにいて仕方がなかった。


「……わかった。でも必ず駆けつけてくれよ」


「承知いたしました」


 ティアリカが笑う。その笑顔は普段の彼女らしい朗らかなものでありつつも、獰猛な獣のようにも見えるものだった。


(カティが見たら泣きそうだな)


 そんなことを考えつつも、俺はティアリカと「鍛冶王」ヴァンの脇を通って、山頂への道を駆け抜けていった。

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