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Act1-29 苛立ち

PV23000突破です!

いつもありがとうございます!

今回はちょっと閲覧注意です。

まぁ、そのR15的な意味で←汗

 アルトリアが執務室に入ってきた。


 執務室はアルトリアの仕事場でもあるので、アルトリアが入ってくることがおかしいというわけじゃなかった。


 誰にも会いたくないのであれば、執務室ではなく、私室へと戻っていればよかっただけのこと。


 なのに俺は執務室に向かった。


 入ってくるなと言うことはできない。


 アルトリアと共有する仕事場に、アルトリアが入ってきたことを責める理由にはなりえない。


「……なんの用だよ」


 それでも俺は、誰とも話をしたくなかった。


 だからこそ、少し棘のある言い方をしたのだけど、アルトリアには通じない。


「ここは私の仕事場でもありますから。戻るのは当然ではありませんか?」


 アルトリアが言う。


 アルトリアを見ないように、ソファーの背もたれに向かって寝返りを打った。


 アルトリアはなにも言わずに、軽やかな足音を響かせながら、俺の方に向かってきた。


「失礼しますね、「旦那さま」」


 アルトリアがソファーに腰掛けた。


 それもわざわざ俺が寝転がっているソファーの空いている場所に、俺の頭のそばに腰かけてくれた。


 ギルドの制服から、スリットの入ったタイトスカートから覗くアルトリアの脚がすぐ目の前にあった。


 なんとなくいたたまれなくなり、まぶたを閉じた。


 これで見ることはないと思ったのだけど、いきなりの浮遊感があった。


 まぶたをあけるとアルトリアの顔を見上げていた。


 頭の下からはほどよい弾力のある柔らかなものが触れている。


 状況から察するにアルトリアに膝枕をしてもらっているようだった。


「……なんのつもりだよ? アルトリア」


 目の前にいるアルトリアに向かって言う。


 しかしアルトリアはニコニコと笑うだけだった。


 アルトリアの考えていることは、やっぱりよくわからない。


 そもそもなんで俺なんかにこんな美人な子が惚れているのかがわからない。


 そりゃあ、俺もいろいろとやらかしはしたが、それくらいで惚れられるとは思えない。


 いくらこの世界が、恋愛に関して、地球よりもだいぶ大らかだとはしても、たかが一度助けたくらいで惚れられるものなのだろうか。


 まだ憧れられたというのであれば、理解できるけれど、あれだけで惚れられるというのは、いささか解せないものがある。


 もっとも「恋をするのに、理由はいらない」とも言うので、こういうことは理屈ではないのかもしれない。


 どちらにしろ、恋愛をしたことがない俺にとっては、よくわからないことだった。


「「旦那さま」のお気分がよろしくないようですので、僭越ながらこの身をもってお慰めになれば、と思いまして」


 アルトリアは笑っていた。


 そういえば、ノッポの腕を切り落としたときも、この子は笑っていた。


 ギルドの職員も押しかけてきた冒険者たちの中にも、俺がしたことで笑っていたのは誰もいなかった。


 だが、この子だけは笑っていた。


 アルトリアはいつも笑っている。


 俺の前では、いつも笑顔を絶やさない。


 けれど、ああいうときでも笑顔を絶やさないとは思わなかった。


 俺のために笑っていてくれたのかもしれない。


 変に畏まるよりかは、笑っていたほうがいいと考えたのかもしれない。


 いつも通りに俺と接するのがいいと考えたのかもしれない。


 だが、その気遣いはかえって俺を暗澹とさせてくれる。


「……笑うな、アルトリア」


 アルトリアの笑顔を見たくない。そう思った。


 初めて、アルトリアの笑顔を見たくないと思ってしまった。


 だが、アルトリアは俺の言葉を無視して笑っていた。


 まるで馬鹿にされているかのようだった。


「……馬鹿にしているのか?」


 自分でも驚くくらいに低い声だった。


 だがアルトリアは変わらない。変わらず笑顔を浮かべている。いらだちが募った。


 気づいた時には、アルトリアをソファーの上に組み伏していた。


「笑うなって言ったよね?」


 睨みつけながら、アルトリアの制服に手をかけた。


 なんで制服に手をかけるのか、自分でもわからなかった。ただ凶暴な衝動が俺を包み込んでいた。


「笑うなって言っても笑っているんだから、どこまで笑っていられるのか、試してあげようか?」


 アルトリアを見下ろす。アルトリアは笑っていた。


 その笑顔をどうしてか歪めてやりたいと思った。


 泣き叫ぶまでぼろぼろにしてやりたいと思った。


 ギルドの制服は、上が中央に丸ボタンのある白いジャケット。下は男性が白いスラックス。女性はスリットの入った、白いタイトスカートだった。一般職員はみんな同じデザインだ。


 アルーサさんたち幹部職員は、それぞれ金色の肩章が施されている以外は、一般職員と同じデザインだ。


 アルトリアはアルーサさんたち幹部職員の制服に加えて、青いマントを身に着けていた。


 その真っ白なジャケットの襟をつかみ、引きちぎった。


 ボタンがはじけ飛び、ジャケットの下のワイシャツに似たインナーがあらわになる。


 アルトリアが息をのみ、顔をそらす。頬がほんのりと赤く染まった。


「……ずいぶんと、強引なんですね」


 アルトリアが呟く。インナーがあるから、余裕があるのだろう。


 ならその余裕をなくしてあげよう。


 インナーも引きちぎってやった。アルトリアの素肌があらわになる。


 アルトリアが慌てて、胸元を隠した。


 この世界特有の下着に覆われているが、それでも素肌を晒していることには変わりない。恥ずかしいのも当然だった。


「恥ずかしい? じゃあ、笑うのをやめろよ」


 俺はできるだけ低い声で警告する。


 これ以上、いまの俺に笑いかけるな。そう言った。


 誰かの笑顔を見るのが、ひどくいら立つ。誰の笑顔も見たくない。


 誰かの声を聞いていたいくせに、誰かの笑顔を見るのが嫌がるなんて、ずいぶんとわがままなことだ。


 けれど、そのわがままを言いたい気分だった。


 だからこその警告。これ以上、踏み込んでくるな、という意味合いも込めて、俺はアルトリアを脅した。そう、脅したはずだったのだけど、アルトリアには通じなかった。


「……それほど嫌だったんですか?」


「あ?」


「あの人の腕を切り落としたことが、それほどまでにあなたの心を、蝕んだのですか?」


 アルトリアは顔を染めながら言った。目じりには、ほんのわずかに涙がたまっている。涙にぬれた瞳は、不謹慎だけど、とてもきれいだった。


 だがその瞳よりも、言われた言葉のほうが、俺には衝撃的だった。俺が不機嫌になっている理由を、誰もわからなかった。


 いやわかっていただろうが、誰も口にしようとしなかった。俺の雰囲気がそれを言わせなかったといってもいい。


 だが、アルトリアはそれを言った。


 俺が不機嫌になった理由を、ノッポの腕を切り飛ばしたことで、あまりの後味の悪さにいら立っていたことを。アルトリアは言い当ててくれた。


 みんなそのことを俺が気にしていることはわかっていたはずだ。


 しかし誰もがきっと勘違いをしている。


 みんなはきっとたやすく切り落とせたことを不満に思っていると感じているはずだ。


 俺をバトルジャンキーと勘違いしているのだろう。十五歳でBランク冒険者。適当なお使いな依頼だけで、そこまで到達することはできない。


 逆に言えば、戦い続けた結果、到達したと思われたのだろう。


 誰よりも長く、多く戦ってきたからこそのBランク。たぶんそう思っている。


 だからこそ、一撃で腕を切り飛ばせたことを不満に思っている。弱い奴を相手したことが不満だと思っているのだろう。


 というか、この世界の住人にとっては、この危険な異世界で生きる人にとって、片腕をなくす程度は、命を失うよりかは安いと考える人がほとんどだ。


 だが、俺はそうじゃない。


 俺にとって、ノッポの腕を切り飛ばすことは、完全に想定外だ。


 そこまでする必要はなかった。そんな致命的なことをする気はなかった。


 だが結果的に俺は腕を切り飛ばした。する必要のないことをしてしまった。


 力の使い方は、ふたつある。


 必要のあることと必要のないこと。


 必要のあることに使われるものは、正義と呼び、必要のないものは、暴力と呼ばれる。


 力を振るうという意味では同じなのに、俺のしたことはどう考えても、暴力にしかすぎない。


 そうするしかなかったとはいえ、あそこまでする必要はなかった。


 少し痛めつけてやればいいだけだった。


 それを致命的なけがを負わせてしまった。それが俺の心を黒く塗りつぶしていた。


 いままで正義という意味でしか、力を振るってきたと言うつもりはない。


 中には暴力も当然あった。それでも最小限の暴力にとどめてきたつもりだった。


 けれど今回のは完全にやりすぎの暴力だった。


 腕を切り飛ばしたあとの、ノッポの悲鳴が耳の中でずっと残り続けていた。


 それが余計に後味の悪さをかもちだしている。


「……わかった風な口を利くな」


 アルトリアを睨みつける。


 言われたくないことだ。触れてほしくないことだ。


 だからこそ睨みつけた。


 しかしアルトリアは止まってはくれなかった。


「「旦那さま」はお優しいですね。そんなあなたをお慕いしております」


 アルトリアはそう言って笑った。


 その笑顔は、いつものアルトリアの笑顔。胸が痛くなるほどに、純粋な笑顔だった。

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