Act9-234 宣告
本日五話目です。
「……まさか、旦那様だとは思わなかったのですよ」
プーレは笑っていた。笑いながら俺の手を握ってくれていた。
俺自身プーレの手を握りながらベッドの脇にあった椅子に腰かけていた。
腰掛けながらプーレとの久しぶりの会話をしていた。
少し前までは俺だということをわかっていなかったのだけど、いまはもう目の前にいるのが俺であることを理解してくれていた。
でも理解しているからこそなのかな。その笑顔はいつもよりだいぶ固かった。
「……いつもみたいには笑ってくれないんだね」
「笑っているのですよ? ほら」
ふふふ、とプーレは笑ってくれた。でもその笑顔は俺の見たいプーレの笑顔じゃなかった。
(違う。これはプーレの笑顔じゃない)
俺が見たいプーレの笑顔は、俺の好きなプーレの笑顔はもっと温かった。もっと自然だった。もっと柔らかかった。
でも目の前にいるのはプーレ本人だった。だから目の前にいるのがプーレの偽物というわけじゃない。
ここにいるのは紛れもないプーレだった。プーレ本人だった。
「……そう、だね」
だからこそ言えなかった。それは違う、と。そんなのは君の笑顔じゃないなんて言えるわけがなかった。
言っていいわけがない。プーレ本人が誰よりもわかっているんだ。
だから言えるわけがなかった。俺が言えたのは曖昧な返事だけだった。
そんな自分がひどく情けなかった。
「……そう言えば、ほかにどなたかお連れしているのですよね?」
「あ、あぁ。いろいろとあったんだけど、その、アイリスって子がいるよ。いまは違う部屋に行っちゃったけれど」
アイリスのことをどう伝えればいいのかがわからなかった。
俺が恨んでいた相手。憎んでいた相手だった。
でもそれが冤罪であることをアイリス自身の口から語られた。
下手人がアルトリアであることを知った。
アイリスを恨む気持ちはもうない。そもそも数十日は一緒にいたし、治療もしてあげたんだ。
もう恨むとかそういうレベルの話じゃなくなってしまっていた。
そのアイリスはカルディアとシリウスと一緒にどこかへと行ってしまった。
その際「できるだけ一緒にいてあげた方がいいと思います」と念話で言ってくれた。その言葉の意味することを俺は理解したくなかった。
でもいまのプーレを見ていると、その理解したくないことが頭をよぎってしまう。
ありえないと思う。ありえないと思うのに、ひどい胸騒ぎがずっとしていた。
その胸騒ぎをどうすることもできなかった。そんな俺にプーレは言った。
「アイリス、さんですか? どういう人なのです?」
「そう、だね。真面目な優しい子だよ」
「旦那様がお好みそうな人なのですね」
「え?」
「だって、私の代りに連れて来られたのですよね?」
不思議そうに首を傾げるプーレ。何気ないその言葉に俺はなにも言えなくなった。
(プーレの代りって、なんだよ)
何気ない口調で言われた言葉の意味をすぐには理解できない。
いや、したくなかった。だってその言い方だとまるで──。
「……なんとなくわかるのですよ。私はもう」
「いいよ、言わないで」
「……私は幸せだったのです」
「なにを言っているんだよ。まだこれからだよ。まだまだ俺は君を幸せにするからさ」
「……もういいのです」
「なにが、だよ? なにがもういいんだよ?」
「……もう私のためになにかをしようとしなくてもいいのですよ。私はいままで幸せにいられたのです。だからもういいのです」
「だから、なにがだよ! なにが「もういい」んだよ!? それだけじゃわからないんだよ! プーレにはまだ時間がたっぷりあるだろう!? まだ君は──」
「……もうそんなものはないのです。だって私はもう」
「言うな! 言わなくていい! 頼むから、言わないで」
プーレの手を握りながら顔を俯かせてしまった。
顔を俯かせる時間なんてないのに。そんなことをしている時間があれば、一秒でも多くプーレを見ていたいのに。
その声を、その仕草を、その表情を。胸に心に焼き付けていたかった。
けれどダメだ。
もうダメだ。
涙が止まらない。
視界がどんとんと歪んでいく。
視界が歪むのを止めることができなかった。
「……ごめんなさい、旦那様。プーレはもう死んじゃうのです。だから、もう一緒にはいられないのです」
プーレははっきりと言った。
聞きたくなかった。
認めたくなかった現実をはっきりと口にしてしまった。
その言葉に俺はなにも言えなかった。
なにも言えないまま、ただ泣くことしかできなかった。
続きは二十時になります。




