Act9-229 生きた理由
言ってしまった。
まだ誰にも伝えるつもりはなかったのだけど、口にしてしまった。
どうしてそんなことをするのかは自分でもわからなかったけれど、なんとなく彼女なら大丈夫かなと思ったんだ。
私がまだまともに生きていたときに会った彼女は、なにをするのかわからないような子だった。
でもいまの彼女は痛みというものを知ったように思える。いや、思い出すことができたみたいだった。
もともと知っていたのに、それをなにかしらの理由で封じ込めてしまったんだろうね。
だからあのときの彼女は、本当に同じ人なのかと思えるくらいに酷薄とした人のように私には思えていた。
でも、いまの彼女は痛みを思い出すことができたんだろうね。
あのときの彼女よりも人間らしい顔をしている。
そんな彼女だからなのかな。
私はこの子であれば任せられると思ってしまった。
(プーレにはふざけるなとか言ったくせに。私のほうがふざけているよね)
プーレは旦那様に自分の死を伝える気はなかった。でもそんなあの子を私は一喝したんだ。旦那様をより傷つけるのかって。
でも本当は私にはそんなことを言える資格なんてなかったんだ。そんな筋合いじゃない。
だって私はもっとひどいもの。
(一度生き返って、また死んじゃうんだもの。ひどくないわけがないよね)
そう、私は一度生き返ることはできた。
でも、それは時間制限つきの命だった。
「再誕」は死者を蘇らせても、その蘇った死者は通常のように生きられるわけじゃなかった。
「再誕」で生き返ったものが生きられる時間は、一年間だけ。
そして一度生き返ったものにはもう「再誕」は使えない。
私の命はあと八ヶ月で尽きる。
それが旦那様と触れ合える残された日々。
プーレよりも長いけれど、いずれは私もまた旦那様と別れることになる。そして別れたらもう二度と会うことはできない。それでもガルーダ様は私を生き返らせてくれた。
「愛する人とわずかであっても触れ合える日々を与えよう」
ガルーダ様は笑っていた。息を切らせながら笑っていた。でも笑いながらも申し訳なさそうな顔をしていた。
「本当ならもっと一緒にいさせてあげたい。でも私の力じゃ君を普通の人間同様に生きさせることはできない。ごめんよ、カルディア。我が愛する子孫よ」
ガルーダ様は笑いながら泣かれてしまった。
何度も何度もごめんと謝ってくれた。
でも私は謝ってもらう理由がなかった。
だってどんなに短くても旦那様とまた一緒にいられるんだもの。
旦那様と同じ日々を過ごすことができるようになった。
なのにどうして責められるだろうか。
お命を削ってまで私を助けてくださったガルーダ様をどうして責められるものか。
「私は気にしていないよ、ガルーダ様」
「だけど」
「いいの。ほんのわずかな日々でも旦那様とまた一緒にいられるのであれば、私はそれでいい。だから気にしないでください、何代も前の婆様」
精一杯の笑顔を浮かべるとガルーダ様はまた泣かれてしまった。泣きながら「反則だよ、それは」と言われていた。
でも、たしかに反則かもしれないなと思った。
だってガルーダ様にとってみれば、その言葉は掛けられるはずのない呼び名だったんだもの。
それを私は口にしてしまった。
ガルーダ様にとってみれば反則だって思うのは当然かもしれない。
それでも私は言いたかった。
強がるくせに本当はとても寂しがり屋で、怒りんぼうだけど、本当はとても繊細で人の痛みを理解し、そして誰よりも優しいガルーダ様に私は感謝の気持ちをこめて「婆様」と呼んだ。
私には婆様はもういるけれど、ガルーダ様だって大きく見れば婆様なんだ。
だから婆様と言っても問題はないはずだった。
実際ガルーダ様は反則だとは仰っても怒ってはおられなかった。
ただただ泣きじゃくっておられたんだ。
あれからもう四ヶ月ほど経った。私に残された時間はもうすぐ半分になってしまう。
この命が尽きる前に旦那様を、ガルーダ様と同じくらいに優しくて、でも繊細な旦那様を任せられる人を見つけたかった。
レア様たちにも支えられるとは思うけれど、私の代わりができるかはわからない。
でもこの子ならなんとなくできるかなと思ったんだ。
だからこそ私は伝えることにしたんだ。
私の終わりを。私に残された日々のことを。
そして旦那様のことを任せたいということを。
そのすべてを私はリース、いや、アイリスに伝えることにしたんだ。
それが私がもう一度生きることができた理由だと思うから。
だからこそ私はアイリスにすべてを伝えたんだ。
今夜十二時より5月の更新祭りを始めます。




