Act9-226 ご機嫌ナナメなお嫁さん
とてもふわふわとしていた。
極上の柔らかさを誇るなにかを頭の下からは感じていた。
たぶん枕だろうけれど、憶えのあるものだった。そう、憶えはあるけれど、いまいち思い出すことができない。
この世界に来てから、具体的に言えばギルドを経営し始めた頃から、俺が使う寝具は最高級のものになっていた。
別に俺自身が望んだわけではなく、自然とそういう風になってしまったというだけのこと。
最初は落ち着かなかったけれど、いまはすっかりとなれてしまった。
おかげでこの枕も使った記憶はあれど、どこでなのかはいまいち思い出せなかった。
(そもそもなんで俺は枕なんて使っているんだろう?)
ふわふわとしている現状が理解できなかった。理解できないまま、そのままぼんやりとしていると──。
「わぅ~」
──声が聞こえてくる。とても愛おしい声だった。
その声に導かれるままにまぶたを開くと、視界の端に見憶えのある銀髪が見えた。
視線を下げると、十歳児相当の姿のシリウスが俺の腹の上で眠っていた。
「シリウス?」
ぼんやりとしながらシリウスを呼ぶも、シリウスは心地よさそうに眠っていて、返事をしてくれそうにない。
でも安心して眠っている姿を見るかぎり、なにも心配はいらないようだった。
「エンヴィー」を離れたのはほんの一日くらいのはず。
俺の感覚ではその数十倍の日数は離れていたから久しぶりに会う愛娘は心を癒してくれた。
「……成長したらとんでもない美人さんになるのには驚いたなぁ」
いまのシリウスの姿はかりそめの姿だった。本来のシリウスは二十歳くらいの超絶美人さんだった。
見た目はカルディアの未来の姿というか、大人になったカルディアってこういう感じなんだろうなと感じさせてくれるものだった。
はっきりと言えば、美人さんすぎてパパは思いっきり不安です、ってところかな?
絶対に嫁にくれとか言ってきそうな不届き者とかいそうだもの。
もっともそれはシリウスだけじゃなく、次女のカティもまた同じだ。
カティはシリウスよりかは幼め、俺とだいたい同じくらいの十五歳前後の見た目になっていたけれど、やはり超絶美少女になっていた。
カティにもやはり嫁入り希望とか言う不届き者が現れそうで怖いです。
もっともその当のカティはなんだかシリウスをそういう目で見ているみたいで、パパとしては安心していいのか、頭を抱えればいいのかがいまいちわかりません。
まぁ、ルルドみたいな奴にあげるよりかはましなんだろうけれど、それでも姉妹同士というのはどうなんだろうか。
いや、カップリングとしてはありだと思うよ?
萌えと萎えは表裏一体であるからしして、誰かの萌えは誰かの萎えであるのだから、シリウスとカティのカップリングをよしと思う人もいれば、ありえないと思う人もいるわけだ。
いわば解釈の違いということであり、その解釈の違いがあるからこそ、カップリング論争というものは起こりえてしまう。
つまりカップリング論争というのは人の業が為せる技ということで──。
「……主様の仰る意味がいまいちわかりかねます」
「……仕方がないの。パパはとびっきりの変態さんだから、言っている意味が時折わからなくなってしまうの。だってパパだもん」
「ああ、なるほど」
──あ、あれれ~? おかしいぞ。いま思いっきりディスられてしまったんですけど?
いつのまにか起きていたシリウスといつからかそばにいたアイリスにだった。
俺、いつからかそんなディスられる存在に──。
「もともとなの」
──あ、はい。そうでしたね。シリウスは「パパ遊び」が大好きなツンデレさんだったものね。
まったくうちの愛娘の愛らしさには困ったものだぜ。
「わぅ。ますますキモくなったの」
うぇと舌を出しながら辟易とするシリウス。
これもシリウスなりのコミュニケーションだとわかっていても、パパのグラスハートはいまにもひび割れそうです。
……もっとわかりやすいデレを見せてほしいなとパパは切に願います。
「そういうところがキモいの」
「……パパ、死にたいの」
素の表情で言いきるシリウスに俺の心は木っ端みじんになった。
辛辣なシリウスの言動に涙がちょちょ切れそうになっていると──。
「ふふふ、仲がいいですね」
──くすくすとアイリスが笑い出した。その笑顔に俺もシリウスもなにも言えなくなってしまった。
俺としては喜びたいところなのだけど、シリウスは顔を真っ赤にしていた。
どうにも恥ずかしがっているみたいだ。
そういうところもかわいいね。
でも口にすると「キモい」や「キショい」という罵倒が飛んでくるので下手なことが言えない俺です。
ヘタレじゃないもん。
「と、とにかくだ。えっとなにがあって、というか、なんで俺はここに、というか、ここは」
疑問を口にしようとすると次から次に浮かんでしまい、まともな単語になってくれなかった。そのまともではない単語をそのまま口にするのと──。
「……レア様が連れて帰って来てくれたんだよ? 旦那様」
──ほぼ同時になにやらアイリスの反対から側から声が聞こえてきた。恐る恐ると振り返るとなぜかご機嫌ナナメなカルディアがいたんだ。




