Act1-27 失敗
「てめえ、俺をバカにしているのか?」
構えを取ると、なぜかのっぽが顔をしかめた。
言われた意味がよくわからなかった。
構えただけで、なぜバカにしていると思われなければならないんだろうか。
というか、言いがかりはやめてほしいものだ。
「言いがかりはやめてくれ。なんでバカにしているって」
「どう考えても、バカにしているだろうがよ! こっちは得物を抜いているっていうのに、なんでてめえは得物を抜かねえんだよ!?」
言われて気づいた。
のっぽは大剣を構えているが、俺は素手のままだった。
とはいえ、あのスキンヘッドをリスペクトするような程度であれば、素手で十分すぎる。
むしろ武器を抜くと、かえって危ない。俺は人殺しをしたいわけじゃない。
そうするしかないという状況であれば、仕方がないかもしれない。
しかしする必要がないのであれば、殺したくなかった。殺すまでしたくなかった。
だからスキンヘッドたちをぶちのめしたときも、モーレのナイフを抜きはしなかった。
抜く必要性がなかった。スキンヘッドたちは、見かけは強そうだったが、しょせんは人の名前を使って、好き勝手にしている程度でしかなかった。
そんな奴らにナイフを抜くまでもなかった。
それはノッポにも同じことが言えた。相対しているのに、まるで危険を感じなかった。
逆にノッポの方が危険に思えた。
それくらい俺とノッポには実力差があった。ただそれを当の本人は理解していなかった。
とはいえ、丁寧に教えてやるほど俺は親切な人間じゃなかった。
「いいから来いよ。実力差を教えてやる」
手招きをすると、ノッポが歯を強く噛みしめ始めた。
バカにされていると思ったんだろう。
バカにしているわけではない。
単純に雑魚だと思っていただけだった。
だが、それを言うのは、さすがにかわいそうだったので、手招きをする程度にしてやっただけだった。
だが、それだけで十分すぎるほどに、ノッポの怒りを買うことはできたようだ。
だが、それでもノッポは踏み込んでこなかった。
俺と対等に戦おうとしていたんだろう。
スキンヘッドをリスペクトしている程度の奴と対等に戦う気はなかった。
しかしそれを言っても、納得はしてくれないはず。
俺としてはさっさと仕事に戻りたかったので、早いところ突っ込んできてほしかった。
だが、ノッポは突っ込んでこない。
俺が得物を抜かない限り、意地でも攻撃を仕掛けて来る気はなかったのだろう。
が、俺はそこまで相手してやるほど、暇じゃなかった。
「……ところでさ」
「なんだ?」
「そのコザーの兄貴ってどんな人?」
ノッポが自分から突っ込んでこないのであれば、突っ込んでこさせるだけだった。
そうさせるための手段を、ノッポはわざわざ教えてくれていた。
「コザーの兄貴はコザーの兄貴だ!」
「いや、だからさ、どんな人?」
「どんな人って、おまえがコザーの兄貴を」
「うん、みたいだね。たださ、俺その人知らないんだよね」
「なんだと?」
ノッポの眉が吊り上がった。露骨に反応してくれたなぁと思いつつ、畳みかけていく。
「ぶっ飛ばした奴の名前なんて、いちいち憶えていないよ。よほど印象に残っているのであれば別だけど、そのコザーって人は印象にも残らないくらいに弱かったんだろうな」
「あ、兄貴は弱くねえ!」
「でも強かったら、印象に残るでしょう? そもそも強ければ俺に負けることもなかった。となれば、そのコザーは弱かったんだよ。そんな弱い奴なんて、俺は知らない」
はっきりと弱いと言い切った。
あのスキンヘッドをリスペクトしているのであれば、いや、スキンヘッドのみならず、リスペクトする人をここまでコケにされれば、おのずと次の行動は決まっていた。
「て、てめぇ!」
ノッポが大剣を担いで、斬りかかってきた。
もう少し持つかと思ったのだけど、思ったよりも沸点が低くて驚いた。
あともう二、三言告げてからだと思っていたので、つい慌ててしまった。
いま思えば、慌てる必要なんてなにもなかった。
だが、アルトリアがいろいろと言ってくれたおかげで、心に余裕がなかった。
いや余裕がなくなってしまっていた。
だからだろう。俺は抜くつもりのなかったナイフを抜いていた。
そのうえナイフの刀身に天属性を付与させてしまっていた。
ノッポ相手では、完全にオーバーキルだと思ったのに、そのオーバーキルになりかねないことを俺は選択してしまっていた。
ノッポが大剣を振り下ろしてくるのに合わせて、ナイフで切り上げた。
ナイフは大剣の刀身を一瞬で切断してしまう。
が、それだけでは止まらなかった。
というか、ノッポが思いっきり振り下ろしすぎていて、体が前屈みになっていた。
本来であれば、前屈みになったところで、大剣の刀身がストッパー代りになってくれる。
しかし大剣の刀身は、ナイフで切断されてしまい、ノッポはストッパーを失い、体勢を立て直すことができずに、そのまま倒れこんできた。それもナイフに向かってだった。
骨と刀身。どっちがより堅いのかなんて、考えるまでもない。
その刀身をあっさりと切り捨ててしまったナイフに向かって倒れこんでくる。
ノッポの未来がどうなるのかなんて、想像するまでもなかった。
ノッポは避けることができなかった。
いや避けるという考えさえできていなかった。
考えなしで剣を全力で振り下ろすなって話だ。
だが、ノッポにそんなことを言っても後の祭りだった。
ノッポにはもう対処はできない。対処できるのは、俺だけだった。
目を細めた。
時間の流れがゆっくりとなっていく。
しかしナイトメアウルフのときとは違い、時間は止まってくれなかった。
あくまでもゆっくりとなっただけだった。
それだけでも十分すぎるほどの時間ではあった。
ナイフを止め、倒れ込んでくるノッポから離そうとした。そのとき。
不意に時間がもとに戻った。
ナイフをノッポの首筋からはずらすことはできた。
が、今度はちょうど腕の位置だった。
腕からずらす余裕はなかった。ノッポの腕が宙を舞った。
ナイフの刀身に血が巻いた。
ノッポは肘から先を失った腕を押さえこむようにして蹲った。
痛い、痛い、と喚くノッポの声を聞きながら、なにが起こったのか、理解できなかった。
適当にぶちのめすだけのはずだった。
それがなぜか片腕を失わせてしまった。
あくまでも切り飛ばしただけだったので、運がよければ、繋ぐことはできるはず。
もっともそれも治療技術が発達した地球であればの話だった。
この異世界でも同じことができるのかは、わからなかった。
血を巻いたナイフを振る。
刀身に付着した血を払い落とし、鞘に納めた。
一連の流れは、モーレから受け継いだナイフを使うようになってから、身に着いた動きだった。
無意識で行えるほどに、体に憶えこませたため、なんの感慨もなく、俺はナイフを鞘に納めていた。
蹲るノッポをぼんやりと眺める。
ノッポは真っ青な顔をして腕を押さえている。
どうすればいいのか、わからなくなった。
ここまでするつもりはなかった。
だが、結果としては、俺は取り返しのつかないことをしてしまっていた。
後味が悪い。なにも口にしていないはずなのに、妙な苦みが口の中に広がっていく。
「……これでわかっただろう? 二度と俺に突っ掛かってくるな。次は容赦しない」
用意していたセリフを口にする。
ある程度ぼこぼこにした後に言うはずだったものだけど、構わず口にした。
ノッポはなにかを喚いていたが無視して、踵を返した。
踵を返すと、そこには、なぜか笑っているアルトリアがいた。
「お疲れ様です、「旦那さま」」
にこやかに笑うアルトリア。
だが、アルトリアに返事をする気力がなかった。
俺はなにも言わずに、ギルドの中に戻って行った。




