Act9-202 真の仇
アイリスのぬくもりはとても心地よかった。
それだけで安心して眠れてしまうほどに、だ。
……いつアルトリアが戻ってくるかもわからない状況でのん気に寝ていられるわけがなかったのだけど、気づいたときには俺は眠ってしまっていた。
情けないことにいろいろと疲れもあったし、それまで打ち解けられていなかったアイリスと距離が縮んだということもあって、俺はあっさりと意識を手放していた。
もしかしたら次に目覚めたらアルトリアに殺されたアイリスが死体になっているかもしれないという可能性をまるで考慮することなく、あっさりと寝てしまっていた。
でも──。
「おはよう」
目を醒ましたとき、アイリスは笑って俺を見つめていた。死体になってはいなかった。生きたままで俺を見つめていた。
「……死んでいなかったんだな」
「それ、寝起きの挨拶にしては笑えないものね」
アイリスは少しだけ呆れていた。でもその笑顔は昨日までのものとは違い、とても穏やかな笑顔だった。
(アイリスってわりとカルディアに似ているかもしれない)
なんとなく、そう、なんとなくだけど俺はそんなことを思ってしまった。
カルディアとアイリスは似ても似つかない。
あえて似ているとすれば、髪と目の色か。
あとは距離が縮むまではわりと辛辣ということも似ているというか、同じだった。
胸の大きさはカルディアの方が大きいけれど、そこまで大きな差はない。
種族は違うけれど、わりとプライドが強いというのも同じか。
そしてなによりも──。
「なに? 変な顔で私を見ているけれど」
──首を傾げる仕草が不思議とカルディアに重なって見えていた。それこそアルトリアとではなく、カルディアと姉妹なんじゃないかって思えるくらいに、カルディアとアイリスはわりと似ていた。
まぁ、さすがにそっくりだとまでは言わないし、言う気もないのだけど、それなりに共通点があるなとは思えたんだ。
「……カルディアに似ているって思った。おまえには複雑だろうけれど」
カルディアを殺したアイリスにとってみれば、カルディアに似ているということは皮肉そのものだろうと思った。
けれどアイリスは少し困ったように笑っただけだった。
「……ねぇ。聞いていいかしら?」
「なに?」
「……カルディアってあの狼の獣人よね?」
「そうだよ。「獅子の王国」で死んだ俺の嫁だよ」
「……そう。あれは気の毒だったとしか言えないかな」
「気の毒って、なんだよ? その明らかに自分は関係ないと言っているみたいな」
「実際関係はないもの。私はただ見ていただけだったし」
「見ていた、だけ?」
アイリスの言っている意味がよくわからなかった。見ていただけってどういうことだろうか? だってカルディアを殺したのはアイリスのはずなのに。なのに見ていただけってどういうことだろうか?
「だって私はなにもしていないもの。まぁ、ラスティとかいう役立たずを唆しはしたけれど、それ以上のことはなにもしていないもの」
「いや、したんだろう? だってカルディアを殺したのは」
「それは私じゃない。……ああ、そうか。そういうことだったのね」
納得したというようにアイリスはため息を吐いた。でも俺はアイリスがなにを言いたいのかがよくわからなかった。いったいなにを納得したというのだろうか。
「あなたは私が彼女を殺したと思っていたのね。だからあんな憎しみに染まった目をしていた。とんだとばっちりだったわけか。まぁ、でも私のせいとも言えなくもないね。……止めることができなかったし。まぁ、姉様を止めるなんてことは私にはそもそもできなかったわけなのだけど」
「なにを、言っているんだ?」
言われた意味がすぐには理解できなかった。アイリスはなにを言っているのだろうか。いや、わからないわけじゃない。ただ信じられないだけだった。そこまでしないと思った。そこまでする子じゃないと思っていた。
でもほんの少し前に俺は見たんだ。ここの中ではもう何日も、それこそ月単位も前の話になるかもしれないけれど、俺はたしかに見たんだ。アルトリアがレアを殺そうとしたところを。
実際あれでレアは死んでしまったかもしれない。そう思うとひどく怖い。
レアが死ぬわけがないと思うけれど、でもアルトリアは確実にレアを殺したと思っているはずだ。それこそなんのためらいもなく殺しにかかっていたもの。
だからアルトリアの中ではレアは死んだことになっているはず。
同じ嫁という立場であるはずなのに、その同じ立場であるレアを殺そうとしたアルトリア。そんな姿を俺は初めて見た。
けれど俺が見たのはあれが初めてだったけれど、本当に初めてだったのかな? もしかしたらアルトリアは以前にも同じようなことをしていたんじゃないのか。そう、それこそアイリスが口にした言葉の意味するものなんだろう。
「……信じられないかもしれないけれど、カルディアを殺したのは私じゃない。彼女を殺したのは姉様なのよ」
アイリスは躊躇いつつも、はっきりとカルディアの本当の仇の名前を口にしたんだ。




