Act1-25 最初のトラブル
祭り二日目です。
でも今日は二話更新。
スピーチが終わり、開業を迎えたロビー内は、いまだ静かな熱気を漂わせていた。
俺自身がしたこととはいえ、ノリに任せていたとはいえ、ちょっと気恥ずかしさがあった。
なんでまたあんなスピーチをすることになったのだろうか。
適当な挨拶をして、「今日から頑張りましょう」と言うだけのはずが、なぜか船出の儀式のような感じになってしまった。
まぁ、船出が実際ああいうことを言うのかどうかは知らないけれど、なにかしらの困難なことをやる前の、気を引き締めるためのスピーチっぽくなってしまった。
個人的には問題ないが、ちょっとやりすぎたかなと思うのは、否めなかった。
「お疲れさまです、カレンさん」
気恥ずかしさを感じていると、アルトリアがシリウスを抱えて近づいてきた。
なぜか知らないけれど、頬が少し赤い。
瞳も少し潤っていた。
なにか感じ入るものでもあったのかと思っていると、なぜか俺の胸に頭を預けてきた。
「……すごく、かっこよかったです。惚れ直しちゃいました」
アルトリアはわざわざそんなことを言ってくれた。
だが、そういうことはできれば、執務室で言ってほしいものだ。
なんで徐々に人が集まり始めたロビーの中でそんなことを言い出すのかが、俺にはわからない。
おかげで、入ってきた冒険者たちが、ろくに音の出ていない口笛で冷やかしてくる。
移動しようという意味で、アルトリアの肩を叩くのだけど、アルトリアはまるで気にしていない。
むしろ加速してしまった。
「……はい。あとでいつものように、たくさん奉仕いたしますね。いつもよりも気持ちよくできるように頑張ります」
アルトリアは笑った。
うん、それこそ冷やかしていた冒険者たちが、その横顔を見ただけで見とれてしまうくらに、とてもきれいな笑顔で笑ってくれた。
ただひとつ言いたい。
言葉は、もっと選んでほしい、と。
どうしていつもそう勘違いするようなことを言うんだろうか、と。
そう言ってあげたい。
だが言ったところで、アルトリアのことだ。
言っていませんよ、とか言って首を傾げるだけだろう。
アルトリアのそういうところは厄介だった。おかげで──。
「ねぇねぇ、あの黒い服の子が、ここのギルドマスターでしょう? で人魔族の子が秘書だよね?」
「そう聞いている」
「でも、あのふたりってどう考えても付き合っているよねぇ。明らかにラブラブだもん」
「どっちもかわいいし、まぁ、お似合いだな」
「でも、ただ付き合っているっていう雰囲気でもないよね? もしかしたらそっちも済ましているとか?」
「ありえるねぇ。秘書ちゃんのほうが、気持ちよくするって言っていたし。いったいなにをしてもらっているのやら。羨ましいぜ」
あることないこと、冒険者たちが言い始めていた。
なにもしてもらってねえよ! というか、付き合ってもいねえし! 俺ノンケだから! そう言ってやりたい。
だが、アルトリアがいる手前、そんなことを言えば、アルトリアを傷つけかねないので言えない。
かといってアルトリアがいなかったら言えるのかと言うと、人の口に戸は立てられぬというから、下手に言えばアルトリアに聞かれて、アルトリアを傷つけてしまう恐れがあるので、やっぱり言えない。
ある意味、アルトリアの手による包囲網ができあがっていた。
アルトリアは恐ろしい子だった。
しかもそれを素でやってくれているのだから、恐ろしさもひとしおだった。
「……とりあえず、行こうか、アルトリア」
顔を引きつらせながら、俺はアルトリアを連れて、ロビーを後にしようとした。
「おい! ここにカレンって女はいるか!」
不意に大声が聞こえた。
なんだと思い、振り返るとそこには、剣呑そうなのっぽが立っていた。
俺のことを呼んでいるけれど、あいにくと俺には憶えのない面だった。
「どこだ! どこにカレンはいる!?」
叫ぶのっぽ。
しかし叫ばれても、俺にはそいつの面に憶えはない。
ゆえに恨まれる理由もない。
だが、そいつの表情からは俺のことを憎んでいるように思えた。
人から恨みを買ったようなことをした憶えはなかった。
しかしのっぽは俺を呼んでいた。
よくわからないが、とりあえず相手をしておくべきだった。
下手なことをすれば、暴れかねない。
もっとも暴れだしても、追い出せばいいだけなので、気負うことなく、俺はのっぽのもとへと向かった。
「えっと、私がカレンですが? あなたは?」
かしこまった口調で話しかけると、のっぽは顔を歪ませる。
なぜか怒っているようだった。
「おい、ふざけんなよ、おまえ。俺はコザーの兄貴をぶちのめしたカレンって女を探しているんだよ! おまえみたいな人魔族をはべらした女じゃない!」
のっぽが叫ぶ。
まぁ、無理もない。実際そのときの俺は、アルトリアを片手で抱きしめていたから。
なんでそんなことをしていたのかというと、アルトリアが離れてくれなかったんだ。危ないからと言ったのだけど、かえって抱きついてきたし。「こうすればカレンさんが守ってくれますので」ということだった。
まぁ、守るけれど、怒っている相手に、そういうところを見せると、かえって火に油を注ぐことにしかならない。
だが、アルトリアは聞いてくれそうになかったので、仕方がなく、アルトリアを片手で抱きしめて、のっぽのところにまで来たわけなのだけど、やはり怒らせてしまった。
こうなるとわかっていたのだけど、これも致し方がない。
「あー、これはその」
「これじゃないですよ? アルトリアです。カレンさん」
そう言ってより一層強く抱きついてくるアルトリア。
アルトリアはとても幸せそうに笑っている。
うん、かわいいね。だが、そういう意味じゃない。そういう意味じゃないんだ。そう言いたい。
だが、アルトリアものっぽも俺の話を聞いてくれない。
「て、てめぇ! 人の話を!」
「いや、聞く気はありますよ? ただ、そのこの子が離れてくれなくて、ですね」
「……アルトリアはもうお払い箱ですか? 「旦那さま」を満足してもらえるように、あんなに頑張ったのに」
そう言って泣き始めるアルトリア。
なぜそうなる。というか、人前で「旦那さま」はやめてほしい。勘違いする人が出てきてしまう。
「ああ、やっぱりすでにいろいろと済まして」
「あの歳で嫁さんもちか。羨ましいぜ」
「子供の見た目がいいのは、約束されているなぁ」
ああ、やっぱり勘違いされてしまった。
というか、三人目、女同士で子供は作れません。
そりゃ俺は胸が皆無だから、そういう意味では、男っぽいかもしれないが、れっきとした女であるのだから、子供が作れるわけがない。
そんな薄い本でもあるまいに、女同士で子供ができる方法なんてあるわけがない。
「カレンさんとの、子供」
そう思う一方で、アルトリアがぽっと頬を赤らめてしまう。
いやいや、君どこの嘘つき絶対焼き殺すガールよ。
言っていることが、あのガールレベルで怖いよ。
やっぱりアルトリアはヤンデレなのだろうか。
そんなことを考えていると、のっぽがまた叫んだ。
「て、てめぇら、俺の話を聞けぇぇぇ!」
とあるバサラさんみたいなことを言い出したなぁと思いつつ、とりあえず、のっぽの話を聞くことにした。
アルトリアは相変わらず俺に抱き着いたまま離れてくれなかったので、そのまま放置した。
そんなアルトリアの姿に、のっぽは疲れ切った顔をして、俺たちを見つめている。
ごめんなさい。
でも疲れているのは俺も同じなんだよ。
すべてはアルトリアがかわいいからいけない。
そんなずれたことを思いながら、のっぽの話を俺は聞いていった。
続きは二十時になります。




