Act9-182 同居人
暗い。
なにもかもが暗い。
真っ暗な闇だけが広がっていた。その闇の中で俺は正面だけを見つめていた。
「……今日で何日目だっけ?」
『さてな。時間の流れがこの中ではわからぬ』
「……そうだったな」
小さくため息を吐くも、その声は誰にも届かない。
例外はガルムくらいだ。ガルムが宿る黒狼望と黒天狼はアイテムボックスに入れておいたから、こうして話ができるけど、アイテムボックスがなかったらこうして話をする相手はいなかった。
いつもなら恋香がいるのだけど、どうにもまだ眠っているようで、いくら声を掛けても返事をしてくれなかった。
おかげでガルムとばかり話をすることになっていた。ガルムとだけ話をするのはずいぶんと珍しいことだった。
心なしかガルムも楽しそうで、俺たちはふたりでの会話を続けていた。もっとも「ここ」にいるのは俺とガルムだけではないのだけど。
「……ちっ」
忌々しそうな舌打ちが聞こえてくる。俺たち以外に「ここ」にいる「同居人」によるものだった。
個人的には話をするくらいなら構わないのだけど、どうにも話し掛けづらいというか、あちらさんも俺に話し掛けようとしない。
それどころか睨んでくるんだよね。睨まれるようなことをしてしまったから、無理もないとは思うけど、無言で睨まれるのはあまりいい気分はしない。まぁ、この調子で話しかけられることはない──。
「……ふん。ようやく姉様に捨てられたか。くくく、いい気味だ」
──と思っていたら、あっさりと声を掛けてきた。まぁ、ここ最近はちょいちょい声を掛けられるんだけど。少しは距離が縮んだんかね?
「……捨てられたならいいんだけどな」
「私に話し掛けるな、スズキカレン!」
「……おまえから声を掛けてきたんだろうが」
距離が縮んだかと思って返事をしたら、いつものように唸られてしまった。
(面倒だなぁ、こいつ)
不用意に声を掛けた俺も悪いんだろうけど、だからと言って牙を剥いて唸ることもないと思うんだけどなぁ。
そんな同居人の反応にガルムがいささか腹を立ててしまったようだ。
『わかりやすいタイプのツンデレだな、主』
「誰がツンデレだ! 誰が!? ふざけたことを抜かすなよ、犬っころの分際で!」
『……我が犬っころであれば、そなたは狂犬よな。すぐに牙を剥いて唸るしか脳がない。うむ、みっともない』
「貴様ぁぁぁーっ!」
普段のガルムらしからぬ挑発だった。その挑発に同居人は乗ってしまう。……すぐにカッカしやすいのは姉妹ゆえかな? 見た目だけではなく、中身もわりとそっくりだ。まぁ、口調、というか俺への態度は真逆なんだけども。
「やめろ、ガルム、面倒な奴を相手にするな」
とりあえず叫ばれるのも面倒なので、ガルムを諌めることにした。
「面倒? 私を面倒だと抜かすか、貴様!?」
ガルムを諌めて、場を抑えるつもりだったのだけど、逆効果になってしまった。真っ暗な場所に放り込まれているからか、俺もいくらか短気になってしまっているようだね。
でもこの同居人が面倒なことには変わらないんだよなぁ。
「あきらかに面倒だろう? 「話し掛けるな」というわりには、定期的に声を掛けてくるし。返事をしたらまた「話し掛けるな」だし。かといって無視したら「無視するな」だ。……どう考えても面倒だろうに。それとも寂しがり屋か、おまえ?」
「ふ、ふざけたことを抜かすなよ、スズキカレン!」
牙を剥いて唸る同居人。そう、この同居人はとっても面倒くさい。
自分から話し掛けてくるくせに、返事をしたら「話し掛けるな」で、なにも言わなかったら「無視するな」や「聞こえているのか」だ。
それどころか、横になっていたら、気づけばピッタリとくっついてくる始末だ。
しかも本人はそれが無自覚というか、寝ぼけてしてくるうえに、起きたら起きたで人を「強姦魔」呼ばわりしてくる。
どう考えても面倒なおぜうさんです。あぁ、いや、こういった方がいいか。
「わがまま放題だから、自分がしていることを客観的には見られないのですか、アイリス姫?」
「な、馴れ馴れしく呼ぶな、醜女!」
同居人ことアイリスは叫んだ。暗がりのなかでもはっきりとわかるほどにその顔は真っ赤になっていた。図星ゆえのものであるのは間違えなさそうだ。
このアイリスと俺はかれこれ何日同居しているのやら。
たぶん「ここ」と外では時間の流れはかなり違うだろうね。
漫画家が欲しがるあの部屋と、部屋の中では一年だけど、部屋の外では一日にしか経たないあの部屋レベルに違いそうだ。
となると「ここ」でアイリスと一年は過ごすことになるのかな?
「聞いているのか、貴様!?」
「……へいへい、聞こえていますよー」
「勝手に話し掛けるな!」
「いや、それどうしろと?」
反応しなかったらしなかったで怒鳴るし、返事をしたらしたでやっぱり怒鳴る。俺にどうしろと?
(やっぱりこいつ面倒くさいわぁ)
「面倒だと思っただろう、貴様!」
「……ソウデスネ~」
「貴様ぁぁぁーっ!」
アイリスがまた怒鳴る。そんなに怒鳴ってばかりだと声を嗄らすぞと思ったけど、言っても聞いてくれそうにはない。
かと言って無視してもやっぱり怒鳴られるだけだろうし。
本当に参りますわ。
俺にどうしろと言うんだか。
「……あまり怒鳴ると、せっかくのきれいな声が嗄れるぞ?」
「な!?」
「うるさいから黙れ」と言う意味でつい洩らした一言だったのだけど、なぜかアイリスの顔がいままで以上に真っ赤に染まり上がる。
どうしたんだろう、こいつ? 熱でもあるのか? そうなると面倒だけど、看病くらいはしてやらないとなぁ。
「……困りますねぇ。私にではなく、愚妹を口説かれるのは」
面倒くさいと思っていると、不意にアイリス以外の声が聞こえてきた。今日はようやくお出ましのようだった。
「……よう、アルトリア」
「ご機嫌いかがですか、旦那様?」
くすくすと笑いながらも、目を血の瞳にしたアルトリアが、俺をアイリスと同居させた張本人が現れたんだ。




