Act9-179 残された時間を燃やして
おひさしぶりです。体調不良は怖いですね。
おかげでずいぶんと間が空いてしまいましたが、今日から更新を再開します。
今回はプーレ視点となります。
「レア様!」
コアルス様に案内された部屋には、意識を失われたレア様が寝かされていました。
レア様の胸には大きな穴が空いていました。まだ穴は塞がっていないようでレア様の胸元には何重にも包帯が巻かれていて、とても痛々しいお姿になっていました。
「レアママ! しっかり、しっかりして!」
ベッドに寝かされたレア様を見て、シリウスちゃんは泣きながら縋っていました。縋りながらレア様のお体を揺さぶっているのです。
しかしレア様はなにも仰いません。気を失われているのだから、シリウスちゃんがなにを言っても返事などあるわけがないのです。そんなことはシリウスちゃんもわかっていました。
それでも大好きなママであるレア様の変わり果てた姿を見て、なにも言わないわけにはいかなかった。なにも感じないわけがないのです。
「……シリウスちゃん」
私も本来ならレア様に呼びかけたいところです。シリウスちゃんのように体を揺さぶりたいのです。でも私はもう昔のような子供ではないのです。レア様を「レアおねえちゃん」と呼んで慕っていた頃の子供ではありません。
「……シリウスちゃん。ちょっと退いてほしいのです」
「でも、プーレママ」
「……プーレママを信じてほしいのです。だから少しだけ退いてほしいのですよ」
シリウスちゃんは縋るように私を見上げていた。それだけレア様のことが心配だという証拠でした。でもレア様を心配しているのはシリウスちゃんだけじゃないのです。
この場にいる誰もがレア様を心配しているのです。そしてこの場でレア様をお救いできるのは私だけ。それはシリウスちゃんだってわかっている。
それでも、それでもママであるレア様が心配なのです。レア様に生きていてほしいと思ってくれているのです。その気持ちは痛いほどに伝わってくるし、理解もできる。だって私も同じなのです。
レア様には生きていてほしい。……たとえレア様が生きることを望まれていなかったとしても、私はレア様に、レアおねえちゃんに生きていてほしいのだから。私が生きていたということをレアおねえちゃんには憶えていてほしいのだから。だから私は迷わなかった。迷うことはしなかった。
『……リヴァイアサン様。もう一度だけ。もう一度だけでいいのです。お力をお貸しください』
レア様の傷はとても深かった。その傷は「ラスト」で見た旦那様のそれとよく似ている。おそらくは普通の治療魔法では回復することはできないでしょう。となればとれる手段はひとつしかない。でもそうすると私はこの場で死ぬことになる。
でもまだ死ぬわけにはいかないのです。ならば私がやるべきなのは、リヴァイアサン様のお力に縋ることだけなのです。
だから私は念話でリヴァイアサン様にお力添えを願いました。どうかレアおねえちゃんを助けるお力をください、と。
『……ずいぶんと都合がいいことを言うね、プーレリア。わざわざ君に力を貸す理由がボクにあるとでも?』
けれどリヴァイアサン様はやっぱり聞いてはくださいませんでした。でもそれは予想できていたことだったのです。だからショックはありませんでした。
『では、交換条件ではいかがでしょうか?』
『うん?』
『もう一度お力をお貸しいただけるのであれば、私は一日速くあなた様にわが身をお渡しいたします』
『ほう?』
リヴァイアサン様が楽しげな声を出されました。もともとただでお力をお貸しいただけるなんて考えていないのです。
となれば、です。
私の残された時間と交換すればいいのです。……私の命くらいで交換していただけるのであれば、安いものなのです。
『いいのかい? 蛇王を見捨てれば、君は旦那様の誕生日まで生きられるんだよ? それを一日速くとなると、君は君の旦那様の誕生日になると同時に死ぬことになる。本来なら君の旦那様の誕生日が終わるまでは生きられるのに。一緒にいられる最後の時間をボクに渡すことになるんだよ? 最後の思い出を作る時間を失うことになる。それでもいいのかい?』
『……それでレアおねえちゃんが助けられるのであれば』
『ふふふ、よかろう。そなたの覚悟、たしかに受け取った。では一度だけ。この一度だけそなたの命を我が力を以て救おうではないか。せいぜい振るうがよい。残された時間を使って、蛇王を救うがいい』
高らかに笑うリヴァイアサン様。その笑い声とともに温かな力が流れ込んでくる。でもその力はとても弱弱しいものでした。
「海よ、大地よ、そして空よ」
「理」を歌う。本来なら生涯に一度だけの奇跡。その奇跡をただ歌う。大切な人を救うために、私は私に残された時間を燃やしていく。
「ぷ、プーレママ?」
シリウスちゃんが驚いた声をあげる。でも私は止まる気はない。止めるきもない。ただただこの命を燃やすだけ。大好きなレアおねえちゃんを救うために、私は私の命を燃やす。
「我は紡ぐ。我は祈る。我は癒す。たとえこの命を燃やし尽くそうとも、たとえこの命が一度の輝きとなろうとも、たとえこの身が滅び去ることになろうとも」
以前とは違っていた。以前は歌いながらも体から力が失われていた。でも、いまはなにも失われることはない。ただ一度かぎりの奇跡を、私は再現する。それが今回だけ私に許された行為なのだから。
「我は紡ごう。我は祈ろう。我は癒そう。我が愛おしき者、その命を我は救わん」
「だ、ダメ! ダメだよ、プーレママ!」
シリウスちゃんが慌てている。泣きながら私を見つめている。でも私は「理」を歌う。いまだけ私は歌い手となっている。だから止まることなく歌い続ける。
「大いなる海神よ、この言の葉を、この祈りを、この想いを聞け」
「……やめ、なさい。プーレ。それは」
不意に声が聞こえてきた。レアおねえちゃんがうっすらとまぶたを開いて、手を伸ばしていた。私を止めようとしている。私が死なないように止めようとしてくれている。その気持ちがただただ嬉しかった。
「……大丈夫だよ、レアおねえちゃん。私なら大丈夫だから」
レアおねえちゃんの手を握りながら私は笑った。レアおねえちゃんは「プーレ」と力のない声で私を呼んだ。その声を聞きながら私は最後の言葉を紡いだ。
「究極治療魔法「大回帰──発動」
大好きなレアおねえちゃんの手を握りながら私は、残された時間の一部を燃やし尽くしたのでした。
時間をまたひとつ失ったプーレでした。
次回は明日の十六時予定です。




