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Act9-164 ふざけるな

 本日二話目です。

『──ん~。よく眠りました』


 真っ暗な部屋の中で恋香の声が響いた。


 恋香の声が聞こえたことでほっと息を吐けた。


「……れんげ」


『なんです? というかその弱々しい声はなんですか? まるで恋人に捨てられたような。まぁ、いずれ? そう、いずれあなたの嫁を全員寝取る予定ですから、いずれ捨てられるのは確定していますけどね?』


 ふふんと調子に乗ったことを言う恋香。その様子は普段の恋香そのものだ。いつもの変態な恋香のままだった。


「そっか」


『おや? いつもみたいにむきにはならないのですか? 野蛮人丸出しな「ふざけんなぁ」とか叫ばないのですか? まぁ、あれはあなたの程度を知らしめてしまいますから、あまりやらない方がいいとは思いますので、叫ばないのは正解と言ってもいいでしょうね』


「……今後は気を付けるよ」


 いつもなら苛立つのに、いまだけは苛立たない。いや苛立てるわけがなかった。だから恋香になにも言い返すことができなかった。


『……そういえば香恋。なにやら真っ暗のようですが、部屋の明かりを消しているのでしょうか?』


 俺の雰囲気に違和感を覚えたのだろうけど、恋香はあえてなにも聞かずに、いまの状況を訪ねてきた。


 勇ちゃんの話を聞いたら、すぐに「エンヴィー」に戻る予定だったけど、いま俺は「ラース」のギルドの自室にこもっていた。動く気に、いやなにもする気になれなかったんだ。


「単純に夜になっただけだよ」


『は? え、でもここギルドのあなたの部屋ですよね?』


「そうだよ」


 恋香の言葉に頷くと恋香が唖然としていた。それほどにいまの返事は恋香にとっては予想外のものだったんだろう。恋香は捲し立てるようにして、いくらか苛立ちを露にしながら言った。


『そうだよ、っていままでなにをしていたんですか? 一時的に戻るだけのはずでしたよね? なのになんで「エンヴィー」に戻らないのですか? プーレがベットの上で三つ指ついて待っているかもしれないのに』


「ん~。いまごろ寝ているんじゃないかな」


『仮に寝ていたとしても、式を挙げたばかりなんですから、早めに戻ってあげないとかわいそうでしょうが!』


 鼻息を荒くする恋香。言われたことはなにひとつ間違っていない。


 新婚さんだというのに、その相手であるプーレを置いて「ラース」に戻ってきていた。


 加えてプーレには時間制限がある。


 なおさら早めに戻ってあげるべきなのに、俺はこうして部屋でひとりぼんやりとしていた。


 恋香が怒るのも無理はなかった。……俺だって恋香の立場であったら怒っていたと思う。


「なにをしているんだよ」と言っていた。でも今回ばかりはなにも言えないんだ。


 だって俺は──。


『ほら、さっさと片付けてプーレのところに還りますよ! ハリーアップ!』


「……なぁ、恋香」


『なんですか!? 私に聞くことがあるのでしたら、また別の機会に──』


「その機会は訪れるのか?」


 恋香の言葉を遮るようにして言った。鼻息を荒くしていた恋香が、不意に口を閉ざしてしまった。


「……否定しないのか?」


『……「英雄」が顔を出したんですね』


「そんなことは聞いていない。否定しないのかって聞いているんだよ、恋香!」


 いつのまにか怒鳴っていた。


 冷静に話そうとしていたのに、気づいたら怒鳴ってしまっていた。


 なにをしているんだろうと思う。だけど冷静になろうとしても、その思いとは裏腹に俺の声はどんどんと大きくなっていった。


「どういうことなんだよ! どうしておまえが死ぬんだ!?」


『……余計なことをあの女は話したようですね』


「なにが余計だよ! おまえが死ぬことのどこが余計なことだって──」


『余計なことでしょう!』


 恋香が怒鳴った。


 いままでこんな怒鳴り声を向けられることはなかった。


 恋香がこんなにも怒っているのは始めてだった。


 なんで恋香はこんなにも怒るんだ?


 俺はただ恋香に死んでほしくないだけなのに。


「余計なことじゃない! 大事じゃないか! 俺のことなんかよりもおまえはおまえのことを──」


『ふざけるな』


「え」


『ふざけるなよ、香恋!』


 恋香の声がいままでになく低く冷たいものになった。そして恋香は言った。


『私は私の意思で決めたのです。あなたのためではない!』


 恋香ははっきりと拒絶するように言いきったんだ。

 続きは十二時になります。

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