Act1-21 執行部
本日六話目です。
こうして顔見せを終えると、それからは慌ただしかった。
残った職員の適所を見つけ、それぞれ割り振っていくだけで、時間はあっという間に過ぎ去っていた。
幸運なことに、残った職員たちの配属先が、偏ることはなかった。
アルーサさんたちをトップとしたそれぞれの部門に、必要最低限の人数が残っていた。
若干受け付け担当の人数が多かったけれど、それもせいぜい数名程度のいわゆる誤差程度のものだった。
それに割り振ったのは、あくまでも適所というだけであり、それ以外の部門の仕事ができないというわけじゃなかった。
単純に一番得意な業務で名前順に割り振っていたというだけのこと。
それに割り振ったのは、あくまでも暫定的だった。
問題があったり、ほかの部門の方がより適していたりという場合は、転属することも考えていた。
とはいえ、それもちゃんと開業してからの話だった。
むしろちゃんと開業できるのかと心配になった。
なにせラースさんが用意してくれた人員の半分をやめさせてしまったんだ。
不当解雇と言われないだけ、ましかもしれないが、俺のしたことは下手をしたらそう取られても不思議ではなかった。
もっとも、経営者である俺に、あれだけ好き勝手言ったうえでの解雇なのだから、不当には当たらないだろう。
そもそも自分たちから辞めると言い出したんだ。
つまりは自主退職であり、不当解雇というわけじゃない。
数人ほど殴ってしまったけれど、地球とは違い、暴行罪は適用されないはず、だと思う。
というか、暴行罪っていう犯罪自体がないかもしれない。
魔物が闊歩する危険な世界で、暴行罪だなんだと言っていられるわけもない。
せいぜい貴族とか王族相手に通用する程度だと思う。
とにかく人員が少なくなってしまったのは、たしかだった。
だが、代わりの人員をお願いすることはできなかった。
いややろうとも思えばできたし、ラースさんも今回のことを踏まえて、次はもっとましな人選をしてくれるとは思ったけれど、俺が癇癪を起して、職員を追い出してしまったことには変わらない。
俺がラースさんの立場であれば、もし人員を集めても、また追い出されるかもしれないと考えれば、そう簡単に補充要員なんて出してくれるわけもない。
さすがに二度も同じことをしない、と思いたかったが、ラースさんの集めた人員によっては、同じことを繰り返すかもしれない。否定できないことだった。
とにかく、補充要員は期待できなかった。
となれば残った半数の職員と俺とアルトリア、それにアルーサさんたち兄妹を含めて五人の執行部でどうにか「すけひと」を回していくしかなかった。
「謝らないでください、カレンさん」
執行部のメンバーには特に迷惑をかけることになる。
そう思って、頭を下げたのだけど、アルーサさんたち兄妹はまるで気にしないとでも言うかのように笑ってくれた。
作り笑顔ではなかったから、実際に気にはしていなかったのだろう。
でも、大変であることには変わりなかったし、その大変な状況を招き込んだのが、俺であることにも変わりなかった。
だから謝ってすむことではないけれど、謝罪することは当然だと思った。
しかしアルーサさんたちは首を振った。
「あの場でカレンさんが、彼らを殴らなかったら、私たちが殴っていたところでしたよ」
アルーサさんが笑いながら言った。
その言葉にミーリンさんとモルンさんも続いた。
「大恩あるカレンさんを、あそこまで貶されてしまえば、黙ってはいられませんでした」
「むしろ、すかっとしましたよ。その分、大変なことになりますけど、それでもあのままあの人たちと一緒に仕事なんてしたくありませんでしたからね」
ミーリンさんは冷静に、モルンさんはにこやかに笑っていた。
大変になるが、俺のことを思えば、それくらいどうってことはない。
三人が言ってくれたのは、そういうことだった。
俺にはもったいないくらいの部下だなとしみじみと思った。
「だからお気になさらずに。我ら兄妹は、モーレ姉さんの分まで、カレンさんのためにこの命を燃やし尽くす所存です。なんなりとお申しつけください」
最後にアルーサさんがそう締めくくった。
ミーリンさんとモルンさんもそれぞれにお辞儀をしてくれた。
モーレになにもできなかった俺なんかのために、そこまでしてくれる必要はない。
そう言うのはたやすかった。けれどそれを言うのは憚れたし、言うべきことでもなかった。
それに三人の言うことは、とてもありがたかった。
俺はありがとうと頭を下げた。三人は笑って気にしないでください、と言ってくれた。
その言葉がただただ嬉しかった。
「あの、私はやっぱり秘書のままなんでしょうか?」
不意にアルトリアが言った。
俺もアルーサさんたちも、アルトリアの言葉に唖然となった。
というか、なにをいまさらなことを言っているんだろうとさえ思ったほどだ。
「嫌なのか?」
「嫌ってわけじゃないですよ。ただ、昨日のことを考えたら、秘書は私じゃない方がいいんじゃないかなって」
アルトリアが気にしていたのは、追い出した連中のひとりが言っていたこと。
つまり俺がアルトリアを貢物のように扱い、いまの地位を得たという見当違いなやっかみに対してだった。
あんなのは言わせたい奴に言わせておけばいいだけのことだった。
だが、アルトリアはそう思わなかったようだった。
「やっぱり人魔族の私じゃ、いざってときに言うことを聞いてくれる人はいないと思うんです。なら、秘書ではなく、雑用係としての方がまだ」
アルトリアの言葉は自信を欠片も感じられないものだった。
たしかに他種族から迫害を受ける人魔族にとって、誰かの上に立つというのは、いままでなかったことだろうし、なにかあってもちゃんと言うことを聞いてくれるかどか怪しいと思うのも無理もない。
けれどそれでも俺はアルトリアを秘書として抜擢するつもりだった。
というか、アルトリア以外に俺の秘書はいないとさえ思っていた。
「アルトリアの言いたいことはわかったよ。それでも俺は君を秘書として抜擢する」
「なんでですか?」
「連中に言った啖呵だね。あれを聞いて、君しかいないと思ったよ」
アルトリアは自分の生まれとか関係なく、あの連中に啖呵を切った。
自分の身になにが起こるかわからない、あの状況で俺のために行動してくれた。
そんなアルトリアの姿を見て、アルトリア以外に秘書にふさわしい誰かを探そうなんて思うわけがなかった。
「で、でもあれくらいは当然のことですよ。だってあの人たちの言っていることは、全部的外れだったし」
「それでも君だけは言ってくれた。まだ会ったばかりの俺のために行動してくれた。俺が思う秘書というのは、トップを支える人のことだ。この場合は俺だ。その俺を無条件に君は支えようとしてくれた。俺のために行動してくれた。そんな君以上に秘書にふさわしい誰かがいるなんて思えないよ。だから俺は君に俺の秘書をしてほしい。だめかな? アルトリア」
アルトリアをまっすぐに見つめた。
アルトリアは小さく唸りながら、ずるいですよ、と言った。
ずるくて結構だった。むしろずるくなる程度で、アルトリアに秘書をしてもらえるのであれば、安いものだった。
「わ、わかりました。なにができるかはわかりませんけれど、精いっぱい頑張ります」
「おう、頑張ってくれよ、アルトリア」
笑いかけると、アルトリアの頬が赤く染まり、もじもじと俯いてしまう。
なぜそこで俯くのだろうと思ったが、無事にアルトリアという人材を確保できた。
俺のために頑張ってくれる人材を確保できた。
ならば、秘書うんぬんの話は終わりにして、もっと建設的な話をしよう。
「じゃあ、次ね。次は依頼についてだけど」
次の議題を口にしつつ、執行部としての最初の会議は進んでいった。
続きは十六時になります。




