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Act9-158 崩れる信頼

 勇ちゃんとラースさんが帰って行った。


 勇ちゃんは部屋に戻っただけで、ラースさんは城での仕事が残っているそうだった。部屋に戻るついでに勇ちゃんがラースさんを見送ることになった。


 本当は俺も見送るつもりだったのだけど、勇ちゃんが「大丈夫だから」と言ったんだよね。


「カレンちゃんはほかにやることもあるでしょう? ひとりで戻ってきたのはやることがあるんだよね? ならそっちを集中した方がいいんじゃない? どらっちの相手は俺がするからさ」


 勇ちゃんはあはははと笑いながらも、俺がやるべきことをやれと言ってくれた。そのやるべきことは勇ちゃんの身の上を聞くことなのだけど、ラースさんとかわいい存在に虐げられてしまったことへの悲しみについてを話し合っているとついついと忘れてしまっていた。


『……まるで話を聞かせないようにしていたようにも思えますねぇ』


「なんだよ、恋香。いきなり」


 ラースさんとの話が盛り上がってしまったせいで、たしかに勇ちゃんの話は最低限しか聞くことはできなかった。だからと言ってラースさんが話をさせなかったとは言いきれないような気がする。


『たしかにそうとも言えますね。しかし彼の行動は少しだけ不可解なところもあると思うのですよ』


「不可解?」


 ラースさんたちに振る舞った紅茶の残りをティーカップに注ぐ。熱かった紅茶はすっかりと冷めていた。それだけの時間をラースさんとの話に費やしたと言う証拠だった。


『話が盛り上がることもあるでしょう。ですが、一国の王ともあろう人物が、数時間も城を空けていられるものでしょうか?』


「……それを言うのであれば、レアだって半年くらい城を空けていたじゃないか」


 ラースさんが数時間城を空けたというのを不審がる恋香。けれどそれを言うのであれば、同じ「七王」陛下の一角であるレアなんか半年も城を空けていた。王としての職務を半ば放棄していたようなものだった。


 そもそも数時間単位であれば、まだかわいいもんだ。


 プライドさんだって数日も城を空けることなんてざらにあるようだし、マモンさんも「蠅の王国」の一件までは城どころか、国を出ていたさえしていたんだ。デウスさんやベルフェさんも「蠅の王国」の一件で一か月単位で国を出ていた。


 だからラースさんが数時間城を空けていたことくらい、ほかの「七王」陛下に比べればかわいいものだ。


 でも恋香は首を振るようにして「そうではないのです」と言った。


『数時間彼は城を空けていました。それは事実です。事実ですが、不思議ではありませんか、香恋?』

「なにがだよ?」


『彼はいままでこのギルドで数時間も過ごしたことなどありましたか?』


「それは」


 たしかにない。恋香の言う通り、いままでラースさんがこのギルドでこんなにも長時間居座ったことはなかった。


 ふらりと訪れることはあるけれど、基本的に一時間どころか、ほんの数分顏を出すということばかりだった。そしてそれは大抵俺がいないときが多い。むしろ俺がいないときを狙って来ているように思えた。


 俺がラースさんと会うのは基本的にあの人の城まで赴いてからだ。それ以外であの人と会うことはほとんどなかった。まるで俺と会いたくないと言っているかのようだ。


『その彼がなぜ今回に限って、ここまで長く居座られたのでしょうか?』


「……たまたまってこともあるだろう? ほら、レアに虐げられているから、その不満をお互いに言いあっていたから。だから」


『だから、アルクとの話を中断してしまっても仕方がない、と?』


「それは」


 なにも言えなかった。なにも言い返すことができなかった。なにを言えばいいのかもわからない。そもそも俺になにが言えると言うんだろうか? 恋香の言う通り、否定できる要素があまりにもない。むしろ肯定する要素の方が多かった。


 でも疑問はあるんだ。


「……でもラースさんは俺がこのギルドを設立するときに尽力してくれたよ?」


『……たしかにあなたの記憶を見るかぎり、彼はあなたへの協力をしてくれましたね。ですが、用意した人材のうち半分が使えないどころか、問題があったというのはどういうことでしょうね?』


「それはジョン爺さんが絡んでいたからで」


『……絡んでいたとしても、国王の口利きで用意された職場でひと悶着起こしますかね?』


「いや、だって実際に」


『そう、実際にひと悶着を起こしたのです。いくら有力者とはいえ、商人でしかないジョン殿からの指示があっただけで、国王である彼の顏を潰すようなことをしたのです。香恋、もしあなたが彼らと同じ立場であったとしたら、どうしますか? 国王の顏に泥を塗るまえをしますか? それとも有力者の指示に従い、憶えをよくしますか?』


「そんなの状況次第じゃないか?」


 国王の顏に泥を塗るというのは、たしかに大問題ではある。けれど考えようによっては「国王の顏に泥を塗る」という選択肢もありだった。


 たとえば国がすでに傾いていて、いつクーデターが勃発してもおかしくない状況であれば、むしろ国王に従うよりも、ほかの有力者の指示に従った方が賢いということもある。


 とはいえ、「竜の王国」の場合は、傾国の危機に陥っているわけじゃない。むしろ国自体はとても健全に運営されているし、ラースさんに問題があるわけでもないんだ。であるのにも関わらず、「王の顏に泥を塗る」という選択を彼らはした。


 なんでそんなリスクのあることを彼らはしたんだろう? こうして考えてみるとたしかにおかしなことだ。当時はジョン爺さんの息がかかっているからという結論だったけれど、こうして考えるとあまりにもリスクがありすぎる。特にジョン爺さんのリスクが大きすぎる気がする。


 ジョン爺さんなら知らぬ存ぜぬと言うこともできるとは思う。けれど俺のギルドへと経済的な攻撃ができるのは、ジョン爺さん率いるドルーサ商会くらいだった。


 ジョン爺さんがどれだけ白を切ろうと、ラースさんがその気になれば、ジョン爺さんの犯行であることを調べることは可能だった。


 なのにジョン爺さんは制裁を選び、そしてそのジョン爺さんの指示に彼らは従った。考えれば考えるほど、おかしな部分が浮き出ていく。それはまるで恋香の言う通りのような──。


『……ええ。私は竜王ラース。彼を疑っています。彼は、彼の狙いはあなたへの支援ではない。彼はきっとあなたに危害を加えることなのだ、と私は考えています』


 恋香は、はっきりとそう言いきったんだ。そのひと言に俺は呆然となってしまったんだ。

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