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Act9-140 告白

 本日二話目です。

『フェンリル、そなた』


 先代が驚いていた。


 フェンリルの言葉は先代でも予想していなかったものだったんだろう。


 そもそも私も先代もフェンリルがカティの体に宿っていたことをわからなかった。カティを標的にするなんて考えてもいなかった。


 でも考えてみればフェンリルがカティを狙うのは当然のことだった。


 まだ子供のカティであれば、容易く体を奪える。実際は同化したみたいだけど、 ティアリカさんを襲ったことを考えれば、カティの意思はきっとほとんど残っていない。フェンリルの意思が大半を占めているはずだ。


 先代もすでにカティの意思はほとんど残っていないと言っていた。言っていたのに、これはどういうことだろうか? 


 なんでフェンリルがカティを擁護しているんだろう? 宿主でしかないはずのカティに、なぜここまで入れ込んでいるんだ?


『答えてみよ、小娘! 貴様にカティのなにがわかる!?』


 フェンリルは興奮していた。


 私の言動がフェンリルを怒らせてしまったみたいだ。


 完全にカティを目の敵にしていたことがフェンリルは気にくわないのかもしれない。


『うるさい、黙れ! 体を奪い取った奴が保護者面なんて──』


『あぁ、奪い取ったさ。奪い取ったつもりだった。恨まれる思とった。嫌われると思った。それこそ蛇蠍のように扱われることさえ覚悟していた。……無駄な覚悟だったがな』


 フェンリルの声が少し変わった。


悲しみと後悔、でもそれ以上の誇らしさを感じられた。


(こいつはいったいなにを言いたいんだ?)


 フェンリルの言動を理解できない。


 フェンリルはいったいなにを言いたい?なにがしたい?


 わからない。けれどなにかしらの事情がありそうな雰囲気はあった。


『カティは言ったよ。恨まないと。嫌わないと。それどころか「ありがとう」と言ってくれた。「ティアリカままを殺さないでくれてありがとう」と言ってくれたよ。体を奪い取った我などに。恥知らすの侵略者でしかない我などに「ありがとう」と言ってくれた』


『カティ、が?』


 どういうことだろう?

 

 言われた意味がわからない。


 フェンリルが言っている意味が理解できなかった。


『血の繋がりどころか、勝手に体に宿っていた我などをあの子は気遣い、笑いかけてくれた。カティは誰よりも優しい子だ。誰よりも暖かい子だ。そして誰よりもきれいな笑顔を浮かべられる子だ。そんなカティを我は愛している』


『……フェンリル』


『ようやくわかったのだ、兄者。「愛情」というものがどういうものなのかを我はようやく理解できた。他者を愛すること。それがどれほどまでに素晴らしいことであるのかを我は理解できた。あなたにさんざん教えてもらったことがようやくわかったんだよ、兄者』


 先代が感極まっていた。それだけフェンリルの言葉は先代に響くものがあったんだろう。先代とフェンリルの関係は知っていた。私とカティに近い関係だということは知っていた。


 でも詳しいことはわからない。先代はすべてを教えてはくれなかったから。


 けれど先代の言動から踏まえると、フェンリルを常に気を掛けていたことはわかる。……私がカティにそうしていたように。


『よいか、小娘。カティはそなたに憧れている』


『私に?』


『そうだ。そなたがカレンに憧れているのと同じ意味でな』


『え?』


 私と同じ意味。それはつまり。


『え、ちょ、ちょっと待って。そ、それって──』


『……はっきり言えば恋心を──』


『ちょっと待ったぁぁぁーっ!』


 不意にカティの声が響いた。


 見ればカティは顔を真っ赤にして私を見ていた。顔は真っ赤だけど、その目は悲しみに染まっていた。どういうことなのかは考えるまでもない。


『……ちょ、ちょっと、おばあちゃん! なにを言っているの!?』


『孫娘の恋を応援するために』


『それは応援とは言わないの!』


 カティが叫ぶ。本当に恥ずかしがっているみたいだ。でも恥ずかしがりながらもその目はどうしようもない悲しみに満ちていた。


『か、カティ』


『……お姉ちゃんに本当は嫌われているというのはわかっていたよ。いきなり現れて、お姉ちゃんが持っていたものの半分を奪い取ったんだから、あたりまえだよね。私がいなければ、半分にはならなかった。全部お姉ちゃんのものだったもんね』


『それは』


 否定できない。事実だった。カティがいなければカティが持っているものはすべて私のものだった。


 だってカティの持っているものはもともと私のものだったのだから。


 それをカティに譲らされてしまったんだ。


 もしカティがいなければ、私は誰にも譲ることなく、それをずっと持っていられたはずだった。


 だからカティがいなければという言葉を私は否定することができなかった。


『それでも私はシリウスお姉ちゃんが好きだよ。シリウスお姉ちゃんがパパをパパとしてではなく好きであるように、私もシリウスお姉ちゃんをお姉ちゃんとしてじゃなく、ひとりの女性として好きなの』


 カティはまっすぐに私を見つめている。


 その目に、その言葉に、その想いになんて答えていいのかわからなくなってしまった。


 なんて答えていいのか、なにを言えばいいのかわからない。


 わからないまま、私はいつのまにか口を閉ざしてしまっていた。

 続きは明日の十六時予定です。

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