Act1-19 夜会 その三
本日四話目になります。
「とりあえず、アルトリア。どいてくれないか?」
アルトリアの唇が思った以上に、心地よかったのはいい。
俺が男であれば、かわいい女の子に頬であっても、キスをされたら、そうとうにハイテンションになったことだろう。
けれど悲しいことに俺は女だった。
女が女に頬にキスされたところで、喜ぶわけもない。
まぁ、まったく嬉しくないとは言わないよ。
ただそれでもいつまでもこんな体勢でいたら、勘違いされるということくらいはわかっているつもりだ。
だからこそどいてほしかったのだけど、アルトリアはどいてくれそうになかった。
それどころか、にやりといじわるそうに笑いだした。なんだか背筋がぞくりとします。
「よろしいのですか?」
「なにが?」
「私がこうしていると、嬉しいのでは?」
「そ、そんなことあるわけが」
「でも、カレンさん、鼻の下が伸びていますよ?」
くすくすと俺の頬を突っつくアルトリア。
鼻の下が伸びているわけがない。
俺は女だ。しかもノンケなんだ。
いくらかわいいとはいえ、同性相手にキスされて、ちょっと体の上にまたがられている程度で、鼻の下が伸びるわけが──
そこでふとアルトリアと目があった。
宝石のような瞳には俺が映っていた。
アルトリアの瞳に映る俺は、鼻の下が伸びていた。
これを伸びていると言わず、なんと言えというくらいに伸びている。
それこそだらしないと、おばあちゃんに怒られてしまうくらいに、鼻の下は伸びていた。
「……どいてよろしいのですか?」
わかっていて言っているのだろう。
アルトリアはとても楽しそうに笑いながら、首を傾げてくれている。
これだから美人でスタイルのいい人は困るんだ。
というか、アルトリアの雰囲気がエンヴィーさんそっくりなのは、どういうことだろうか。
エンヴィーさんのほうがスタイルはいいけれど、十四歳という年齢で、エンヴィーさんを思わせる色気とは。
アルトリアは恐ろしい子だった。
「あ、あまり冗談を言うのはよせよ、アルトリア」
「ふふふ、そうですね。でもカレンさんが男性であれば、きっとわかりやすく反応してくれましたよね」
「お、女の子がそういう下品なことを」
「下品? 私はただ「面白いくらいにうろたえてくれるんだろうな」という意味で言っただけですよ? それって下品なんですか?」
やられた。はっきりとそう思った。
たしかにアルトリアは、わかりやすく反応してくれるとは言ったが、下品なことは言っていない。
むしろそういうことを連想してしまった俺のほうが、下品だろう。
見れば、アルトリアはしてやったりという風に笑っている。
ちくしょう、そういういじわるな顔もかわいいとか、どうなっているんだか。これだから美人は困るんだ。
「教えてください、カレンさん。なにが下品なんですか?」
体を倒し、俺にぴったりと体を合わせながら、アルトリアは笑いかけてくれた。
相手は女の子、相手は女の子。同性のかわいい子と心の中で連呼しつつ、どうにか自分を抑え込もうとする。
「教えてください。なにが下品なんですか?」
ふぅと耳に息を吹きかけられた。
こう、なんとも言えない衝動のようなものが駆け巡っていく。
同時に、脳裏に「据え膳」という言葉が浮かび上がる。
まぁ、あくまでも男の一方的な勘違い的なことわざだし、俺は男じゃなく女だし、この状況にそぐわないと言えなくもない。
が、もう無理だよ。
だって明らかに期待しているもん、アルトリア。
紅い瞳が濡れ光っていて、その瞳を見ただけで、胸がどくんどくんと高鳴っているし。
あかん、これはあきませんわ。
我慢なんて無理ですよ。できるわけがないじゃないですか。
だけどそれでも我慢しなきゃいけない。
俺はあくまでもノンケであり、女の子を恋愛対象として見ていないのだから。
そうだ、俺の好みは、渋い男性なんだ。
それこそ背中から哀愁を漂わせるナイスミドルな男性であり、アルトリアのような、美人でスタイルがよくて、こっちの理性をごりごりと削るような子では──。
「……アルトリアに教えて? 「旦那さま」」
耳元で音が鳴った。
エンヴィーさんにされたのと同じことをされてしまった。
ぷっつーんという音が聞こえた。はっきりと聞こえた。
同時に再び脳裏に「据え膳」という言葉が浮かび上がる。
あのことわざはちょっと間違っていると言える。
「据え膳」を食べないで恥なのは、なにも男だけじゃない。女だって同じことなんだ。
そう思ったら、なぜかこれからする行動が当たり前のように思えてきたよ。
いや必然だ。これは必然なんだ。だから問題はない。あるわけがない。
「あ、アルトリア!」
気づいたときには、アルトリアを組み伏していた。
そのままアルトリアの服に手をかけようとしたとき。
「カレンさん、そろそろ夕食の」
ドアが開き、モルンさんが部屋の中に入ってきた。
固まるモルンさん。
頭の中が真っ白になる俺。
なぜか寝たふりを始めたアルトリア。
モルンさんと一緒に部屋の中に入り、冷たいまなざしを向けてくれるシリウス。
誰がどう見てもカオスだ。いや俺にとってはカオスだった。
しかし俺とアルトリア以外にとっては、その状況はどう見ても──。
「……女の子の寝込みを襲うなんて、カレンさんがそんな人だったなんて思ってもいませんでした。ケダモノですね。もしかしてモーレ姉さんもこうやって」
「待って! 違う、これは違うんだ!」
そもそもモーレとはこういう関係じゃなかった。
って、そういうことを言っている場合じゃなかった。
どうにかしてモルンさんの誤解を解く必要があった。
しかし現状はとても不利。
なにせ唯一の証人であるアルトリアは寝たふりをしてしまっているし。
というか、なぜここで寝たふりを選ぶのかが、俺には理解できない。
誘ってきたのはそっちだったのに。
だがそれは逆に言えば、誘われたのはそっちでしょうってことになる。
おおぅ。世の浮気をしてしまう男性方の気持ちってこういうものなのかな。
まぁ、そもそも浮気どころか、俺は誰とも付き合っていないわけですけど。
そもそも俺女だし。いや、まぁ、女だとかそうではないとか、関係ないけれど、いまは。
「シリウスちゃん。ここにいたら、汚い大人になってしまいますので、離れましょうか。ああ、ご安心を、数時間後に、食事は運びますので」
「なにが安心!? それ、なにが安心なの!? っていうか、時間が生々しいからやめて!?」
モルンさんはにこりと笑ったが、それ以上はなにも言わなかった。
なにも言わないまま、部屋を出ていこうとする。
慌てて、そのあとを追いかけようとしたが、そこでハプニングが起きた。
「ん~、カレンさん」
なぜか、アルトリアが俺の背中に腕を回し、引き寄せてきた。
とっさのことで対応できず、アルトリアの胸に顔をうずめることになってしまう。
あ、柔らかい。
そんなおバカなことを考えている間に、モルンさんはため息をつき、シリウスは、「だめだ、こいつ」って顔をして俺を見ていた。
おかしいな。どんどんと状況が悪くなっていく。
俺がなにをしたのだろうか。
まぁ、やらかそうとしていたことは、たしかだから、言い訳なんてできないけれど。
「モーレ姉さんは、どうしてこんな人を」
しまいには、モルンさんが泣き始めてしまう。
いたたまれなさに胃が痛くなってきたよ。
けれど状況は止まらず、さらに加速していく。
「「旦那様」もっと」
空気が凍り付いた。
モルンさんが目元を押さえて、泣き去っていった。
シリウスは小さく吼えた。
「あんた最低だな」と言っているように思えたのは、きっと気のせいではないはずだ。
「……俺、なにをしたんだ」
涙がちょちょ切れるのを感じながら、俺はひとり泣いた。
ちなみに寝たふりをしていたアルトリアは、そのまま本当に寝てしまうことになったが、それはまた別の話かな。
続きは十二時です。




