表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1119/2054

Act9-139 奪われたものを取り戻すために

 今週は二話更新となります。

 まずは一話目です。

 憎い。


 あぁ、憎い。


 憎くて堪らない。


『落ち着け、継嗣』


 先代の声が聞こえる。聞こえるけど、もうどうでもいい。


 私はただあいつを、パパを傷つけたあいつを殺せればそれでいいのだから。


『落ち着きなさい、シリウス!』


 今度は母上の声が聞こえてくる。でも誰がなんと言おうと私はもう止まる気はない。


 あいつを、カティの息の根を止めるまではもう止まれない。


『いかんのぅ。完全に我を忘れておる』


『ですが、止めなければこの子は!』


『わかっておる。しかしそなたの声でも止まらぬとなると』


『シリウス』


 母上が悲しそうに呟いた。なんで悲しそうな声を出すんだろう?


 どうして私を止めようとするんだろう?


(あぁ、そうか)


 あいつが、カティが生きているからいけないんだ。


 カティが存在しているからいけないんだ。


 カティは死なないといけない。


 だってカティは私からなんでもかんでも奪っていく。


 私のパパとママたちなのに、勝手にパパとママって呼ぶ。そう呼んでいいのは私だけなのに。


 ご飯だってそう。私が食べたいものをあいつはすぐに奪う。「いっしょがいい」とか言って、私から奪っていくんだ。


 そしてなによりもパパたちからの愛情だってあいつは奪っていく。私だけに注がれていたものの半分をあいつはあたりまえのように奪っていった。


(全部私のものだったのに)


 私が与えられていたもの。それをあいつは奪っていくんだ。笑いながら私の大切な場所を奪い取っていく。そのうちあいつはきっと私からすべてを奪い取っていくに違いない。


 その証拠にあいつはパパを殴った。笑いながらパパを殴っていた。あいつを代りだと考えていた自分のバカさ加減に呆れてしまいそうになる。


 でも気付けた。気付くことができた。だからこそ、私が存在していられるいまのうちに、あいつを滅ぼさないといけない。そうしないと私は死んでも死にきれない。


(奪われたものを取り戻すんだ)


 あいつに奪われたすべてを取り戻す。私が奪われたすべてを、あいつが奪ったすべてを、奪われた私のものを、私の大切なものを取り戻すために。


 そのためならなんだってしてやる。この身に宿る怒りに呑み込まれたっていい。この黒い感情すべてをあいつにぶつけてやる。


「──っ!」


 誰かの声が聞こえる。けれどもうどうでもいい。あいつを殺せればそれでいいんだ。


(死ね、死ね、カティ!)


 憎い。


 あぁ、憎い。


 あいつが、カティが憎い!


 見ないようにしていた感情を抑えられない。醜い感情が止まらない。止められない。


 怒りが、憎しみが私を呑み込んていく。


 あぁ、声が聞こえなくなっていく。


 目の前がすべて紅に染まって──。


『……なんだ、兄者の継嗣はこの程度で我を忘れるのか』


 別の声が聞こえてくる。忘れたくても忘れられない声。あの森で、スパイダスさんの森で私を呑み込んだ声。フェンリルの声だ。


『フェンリル、そなた──』


『久しいな、兄者。先日は挨拶ができず、申し訳ない』


『そんなことは聞いておらぬ! あの憎悪は、憤怒は、怨嗟はどうした!? そなたを狂わせた感情はどうしたのだ!?』


『あるさ。まだ我の心の中に巣食っておる。憎悪も憤怒も怨嗟も我とともにある。忘れられるわけがない』


 先代が驚いていた。あの森で私を呑み込んだフェンリルは、暗い感情を宿した声でずっと私に声を掛けていた。


 でもいまのフェンリルの声には暗い感情は宿っていなかった。


 けれど先代や母上のような優しさはない。むしろ私を小馬鹿にしているような響きがあった。


『自分だけの呼び方、自分だけの食事、自分だけに与えられていた愛情。たったそれだけのことを奪われた程度で、いや、共有した程度で貴様はカティを憎いと言うのか? 殺したいほどにあの子を憎いと言うのか? 笑わせるなよ、小娘!』


 フェンリルが叫ぶ。


 耳鳴りがしそうなほどに大きく、そして怒りを感じる声。


 でもその怒りは以前とは違う。あのときとは、私を呑み込んだときとは違う。


私を呑み込んだときにはなかった優しさを感じる。


 でもそれは私に向けられたものじゃない。その優しさが向けられているのは──。


『貴様になにがわかる? あの子の、カティのことが貴様にわかるのか? 父も母もなく、光さえも取り上げられたあの子のなにが貴様にわかるというのだ!?』


 ──カティへと向けられたものだ。フェンリルの声はカティへの優しさが、カティへの愛情がこもったものだった。

 続きは二十時になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ