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Act9-130 おまえはパパを傷付けた

 信じられないというかのように驚いた顔をしていた。驚いたまま私を見つめていた。灰色の瞳には私が映っていた。とても冷たい目をした私がカティの目には映っていた。


「シリウス、お姉ちゃん」


 カティは私の名前を口にした。けれど私はあえて返事をせずに、「黒護狼」を逆手に持っていた。狙いはカティだった。妹の命を奪うと決めていた。


(残念だよ、カティ)


 こんなことは私だってしたくなかった。でもしないといけなかった。しないといけない理由があった。


あれはちょうど朝ごはんを食べ終えた後のことだった。


「カティ?」


 パパから面倒を任されていたカティがいなくなっていることに気づいたんだ。


 最初は私になにも言わずにティアリカさんのところへ向かったんだと思っていた。


 カティにとって、本当のお母さんと同じくらいにティアリカさんが大切なんだというのはわかっていたし、私もカティと同じ状況だったら、カルディアママやレアママたちが倒れたら、そばにいたいと思うからカティの気持ちは理解できた。


 とはいえ、理解できたからと言って、なにも言わずにいなくなるのはどう考えてもダメだ。


 特にカティは目も見えないのだから、ひとりで歩き回っていたら転んでしまうかもしれないし、壁に顔をぶつけてしまうかもしれない。


「わふぅ、シリウスおねえちゃん」


 実際、私が目を離した隙にカティがひとりでいなくなって転んだり、壁に顔をぶつけたりすることは何度かあった。そのたびに泣きながら私を呼んでくれた。しかも私が行くまでずっと泣き続けるのだから堪らない。


 おかげで私がカティを泣かしたと勘違いされてしまうんだ。


 まぁ事情を話せば他の人たちも理解してくれたからよかったけど、大抵は注意されてしまうんだよね。「妹から目を離しちゃダメだ」ってね。……目を離したくて、離しているわけじゃない。


 勝手にカティがいなくなっているだけなのに、私のせいにされるのは非常に心外だった。


 注意されるたびに私はカティを疎ましく思った。こんなにも手が掛かるのなら妹なんていらないと思った。それこそ数えきれないくらいに。


 でも──。


「わふぅ、ありがとう、シリウスおねえちゃん」


 ──カティのもとへ駆けつけるたびに、カティは私に笑いかけてくれた。その笑顔は腹が立つくらいにきれいで、でも怒りをうやむやにしちゃうほどにかわいかった。


 でも心配させたことと私を怒らせたことはたしかだ。怒る気も失せてしまっていたけど、オシオキは必要だった。


 だから私はいつもカティの額を指で弾くことでオシオキにしていた。やや強めにするからカティは大抵涙目になって額を押さえるけど、その仕草さえもかわいかった。


「本当に手の掛かる妹だよ、カティは」


 そうして涙目になるカティに私はいつもそう言った。


 カティは涙目になりながらも、最後には嬉しそうに笑っていた。その意味が最初はわからなかった。


 でもすぐにわかった。カティは──。


「えへへ、うん、カティはてのかかるいもーとなの」


 ──カティはきっとわたしに「妹」だって言って欲しかったんだ。


 同じパパの娘だけど、血の繋がりなんてない。産まれた時代も違う。種族は同じでも一族が違う。同じなのは特殊進化した存在というだけ。


 それ以外の共通点なんて私たちの間には欠片も存在していない。


 だからこそカティは欲しかったんだ。


 私とのたしかな繋がりが、「姉妹」としての繋がりが欲しかったんだ。


 だからこそ私を呼び続けていたんだ。私に「妹」として扱って欲しかったから。私と「姉妹」になりたかったから。


 ……バカな子だよ。そんな面倒なことなんかしなくても、最初に会ったとき、お互いを認識したときに言ったじゃない。「カティは私の妹だよ」って言ったのに。


 なのに「姉妹」になりたがるとか、本当にバカすぎる。本当におバカな、でもかわいい私の妹だ。


 でも。でもね、カティ。妹だからと言ってね。いや、妹だからこそ許せないこともあるんだよ?


「……許さない」


 なにがあったのかは知らないし、興味もない。


 私だって冗談半分でパパを傷つけることはあるよ。


 でもね。でもね、カティ。「あれ」はダメだ。


 パパの心を折ったことだけはダメだ。


「……カティ」


 ティアリカさんの部屋にたどり着いたとき、なぜか「刻の世界」に覆われていた。


 嫌な予感がした。とっさに「刻の世界」に入り込もうとした。


 でもそれよりも早く、「刻の世界」は破壊された。同時に窓の外へ踊り出る小柄な影を見つけた。


 それが誰なのかはわかっていたけど、ティアリカさんの部屋にいるパパの安否を優先し、ティアリカさんの部屋で見たのは、光のない瞳でカティの名前を呟きながら泣き続けていたパパの姿だった。


 そのパパの姿を見た瞬間、私は小柄な影を、カティを追った。


 なにがあったのかは知らない。興味もない。事情があったのかもどうでもいい。大事なのはただひとつ──。


「おまえはパパを、私の、私たちの大好きなパパを傷つけた!」


 ──そう、パパを傷つけた。それだけは許せないし、許さない。


 たとえそれを為したのが私の大切な妹だったとしても。パパを傷付けた報いは受けてもらわなければならない。


「報いを受けろ、愚妹」


 逆手にした「黒護狼」を、カティへとなんのためらいもなく振り下ろしたんだ。

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