Act9-128 嘲笑
本日五話目です。
「……くくく、さすがに気づかれたか」
カティが口を開いた。
でもその口調はカティとは思えないほどに禍々しさを感じさせてくれる。
以前とは違って、シリウスの体を乗っ取っていたときとは違って、声が二重には聞こえないし、あのときのように巨大な狼と化すこともない。
見た目も声もすべてがカティのままだった。
だけど、あのときよりもはるかに威圧感があった。その威圧感はレアと同等──「七王」陛下クラスだろう。
あのときよりも俺も強くなったとは思うけど、まだ「七王」陛下に勝てるとは言えない。勝てる自信なんて欠片もない。
それでもいまだけはこの化け物と対峙しなければならない。
愛娘を、カティを取り戻すためにも。
「下手な演技なんてしてもすぐにわかるよ。俺はその子のパパなんだから」
「くくく、パパなんだから、か。笑わせるのぅ。その愛娘を守ることもできずに、みすみす奪われた能無しが言うではないか!」
高笑いをするフェンリル。反論はできない。実際に俺はカティを守れなかった。守ってあげることもできなかった。
守ると決めていた。絶対に守ると決めていたのに、その守るべき存在をみすみす奪われてしまった。
そんな俺はたしかに能無しだろう。だが、無能であったとしても娘を取り戻すことはできるはずだ。
「なんとでも言えよ。それでも俺はおまえからカティを取り戻す!」
「取り戻す? ふ、はは、ふははははは!」
フェンリルが高らかに嗤う。俺を見下し、嘲笑っていた。俺自身の無知さを笑っているようだった。
「なにを笑っていやがる。ぶっ飛ばされないうちにカティから──」
「──不可能だよ、パパ」
カティの体から出ていけと言おうとした。でもそんな俺を制するようにフェンリルは言った。いや、いまのはフェンリルじゃない。いまのは──。
「カティ?」
──いまの声は紛れもなくカティだった。フェンリルの演技じゃない。カティ自身の声だった。
でもなんでカティがフェンリルの代わりに?
「そうだよ、パパ。私はカティだよ。私とフェンリル様を分けることはもうできないの。だって私とフェンリル様はひとつになったの」
「ひとつ、に?」
なにを言われたのかを理解できない。
カティの言っていることを理解することができない。
カティがなにを言おうとしているのかがまるでわからなかった。
でもどんなにわからないと思っても現実はとても厳しい。その厳しさはあっさりと俺に牙を剥いた。
「私とフェンリル様はひとりになったの。私とフェンリル様は同じ存在になったんだよ。だからフェンリル様を傷つけるということは私を傷つけるということにもなるの」
「うそ、だろう?」
「本当だよ? 私はパパの娘のカティであり──」
「──魔狼「フェンリル」でもあるのだ」
カティの言葉を継ぐようにフェンリルが言う。
ご丁寧なことにカティの顔は左右で表情を変えていた。その言葉の通り、別々の意志があるようだった。
右側は愛らしいカティの笑顔なのに、左側は禍々しいフェンリルの嘲笑だった。
取り戻すと言ったのに、その矢先にこの仕打ち。体の内側からなにかが崩れる音が聞こえてきた。
(俺がなにをしたんだよ)
フェンリルと対峙する気力がなくなっていく。
膝が地面に着く音がはっきりと聞こえた。
「くくく、この程度で心が折れるか。まぁ、そのように我が仕向けたのだから当然よなぁ? 楽しかったか? 義理の娘との日々は? 大切になればなるほど、貴様の心へのダメージを与えられると思ったが正解だったな」
「仕向け、た?」
「もとより我はこの娘の体に潜んでいたのだ。兄者の継嗣の体を狙ってはいたが、なかなか隙がなかったのでな。妥協としてこの娘の体に潜り込んだが、思っていた以上に定着できたわ。感謝するぞ、パパよ」
高らかに笑うフェンリル。そんなフェンリルの言葉に俺はなにも言えなかった。なにも言えないまま、その嘲笑を聞いていることしかできなかった。
カティとヘン様がそれぞれの表情を浮かべているところは、あしゅ○男爵を思い浮かべてくださればいいかと思います←
続きは二十時になります。




