Act9-126 怒りの咆哮
本日三話目です。
「パパ、強いの。痛いよ」
カティが俺の肩をとんとんと叩いていた。とても弱弱しい力でとんとんと叩いている。
たったそれだけのことなのに、涙が溢れそうになった。
視界がどんどんと歪んでいく。それでも泣き出すこともなく、俺はただカティを抱き締めていた。
「……ごめん、ごめんな」
「わふぅ?」
カティは不思議そうにしている。抱き締めているからカティの顏を見ることはできない。
それは俺だけじゃなく、カティもまた同じだ。そう俺はいまカティに隙を晒している。
いまの状態であれば、俺の隙を衝くことなんてたやすいだろう。
その気になれば俺の肩を噛みちぎることはできる。……そうなるように隙をあえて見せているのだから、それを衝かないわけがなかった。
「パパ、どうしたの?」
カティが体の位置を微調整している。抱っこしたままで抱き締めたから、俺の肩はちょうどカティの口元に触れていた。
そのままでは噛みづらい位置。でもそれは同時に呼吸がしづらい位置ということでもある。
呼吸をしやすいように顔を出そうとするのは当然のことだ。
そして顔を出すということは、いつでも肩を噛める位置にずらしたということでもある。
(ああ、わかる。「こいつ」がいまなにをしようとしているのかが)
俺を心配している素振りをしながら、「こいつ」は口を大きく開いている。肩を、いや、その真横にある頸動脈を噛みちぎろうとしているのがわかる。
(……この「臭い」は憶えがあるな。あぁ、そうか。そうか、おまえが。おまえがカティを乗っ取ったのか)
口を開いたことでようやくわかったよ。「こいつ」が誰なのかを。誰がカティの体を乗っ取ったのかが。
「……そうか。そんなに俺を怒らせたいのか」
「パパ?」
カティの声。愛おしいあの子の声を、あの子の体を、「あいつ」が使っている。そう考えるだけで頭が沸騰しそうになる。抑えきれない怒りで目の前が真っ赤に染まっていく。
「カティの声を、カティの体を、てめえが使っているんじゃねえ! ボケ犬が!」
叫びながら「刻の世界」を発動させ、そのままカティの体を地面へと向けて投げつけた。
乱暴だとは思うけれど、「こいつ」がこの程度で怪我をするわけがない。
ようやく得られた体を傷付けるわけがない。だから問答無用に投げ飛ばした。
なんのためらいもなく投げ飛ばすと、カティは空中でくるりと回転して着地した。
目が見えないカティにできないことをなんの問題もなく行った。
「パパ、なにをするの?」
カティが頬を膨らませている。ああ、それもカティらしい仕草だ。でも違う。「こいつ」はカティじゃない。カティであるわけがないんだ。
「……いい加減にしろよ、おまえ。うちの愛娘を穢すなって以前にも言ったよな。それを忘れたのか、ボケ犬。いや、魔狼「フェンリル」!」
カティ、いや、フェンリルの目が見開かれた。正体を看破されるとは考えていなかったんだろうな。驚いたように俺を見つめていた。
(ああ、やっぱり目の前にいるのは、もうカティではないんだな)
視界が歪んでいく。でも悲しみ以上の怒りが俺を包み込んでいた。
「うちの娘の体から出ていけ、フェンリル!」
包み込んでいく怒りのまま、俺はカティの体を乗っ取っているフェンリルに向かって叫んだんだ。
続きは十二時になります。




