Act9-122 看病と演技
「ティアリカママ、ティアリカママ!」
カティがティアリカを呼んでいる。
ティアリカはうっすらとまぶたを開いて、天井を見つめている。まだ意識がはっきりとしていないのは明らかだった。
それでも大好きなママが目を醒ましてくれたことがカティは嬉しいんだろう。……傍から見ればそういう風にしか見えない光景だった。
でもカティがティアリカに重傷を負わせた犯人だとすれば、いまの光景はとたんに別物と化してしまうわけなのだけど、いまのところはそういう無粋なことを言うのはやめておこうか。
「カティ。まだティアリカは」
「ティアリカママ!」
ティアリカを必死に呼ぶカティを止めるのも無粋だとは思うけれど、まだ目を醒ましたばかりのティアリカに無理をさせるのはよくない。
心配する気持ちは理解できるけれど、カティを落ち着かようと声を掛けたのだけど、カティの耳には俺の声は届かなかったようだ。
……これだけを見るとカティはいままで通りに見える。このカティがティアリカを襲うなんてありえないと思える。
でも状況を踏まえるとカティしかティアリカを襲える存在はいない。どんなに信じがたいことであっても、こればかりは否定できないことだった。
もっとも否定はできないけれど、いまのところあくまでも可能性があるというだけのことであり、確定しているというわけじゃない。そう確定ではないんだ。可能性が濃厚ということには変わらないけれど、確定というわけではないんだ。
「……ここ、は?」
カティの声に反応したかのようにティアリカが短く声をあげた。まだ意識がもうろうとしているのだろうけれど、愛娘の声に反応してくれたようだ。もっとも反応はしているけれど、カティの声だとはまだ気づいていなさそうだけどね。
「私の城よ、ティアリカ」
「……レアねえさま? しろ?」
「……意識が混濁しているみたいね。でもちゃんと受け答えはできるみたいで安心したよ、ティアリカ」
ほっとレアが一息を吐いていた。けれどティアリカはレアの言っていることを理解できていないようだった。不思議そうに首を傾げているだけでなにも言おうとはしていない。意識を取り戻したばかりだから、これ以上は無理をさせない方がいいのかもしれない。
「みんなティアリカを心配する気持ちはわかるけれど、いまはティアリカを休ませるべきじゃないかな?」
「……そうですね。いまのティアリカは目覚めたばかりですもの。少し休養を取らせるべきでしょう」
俺の言葉にレアが頷いてくれた。俺の嫁としても古株であり、この城の城主でもあり、そして「七王」の一角でもあるレアの言葉に反論できる人はいなかった。
さしものカティも寂しそうな顔をしていたけれど、いまはティアリカに無理をさせられないと考えたのか、素直に頷いていた。そんなカティをシリウスが後ろから頭を撫でていた。
カティは「わふぅ」と鳴いて俯いてしまっている。……このカティがティアリカを襲ったとはとてもではないけれど思えない光景だ。
でも現状、その可能性が高いと言うのも否定しきれない。なんとも悩ましいものだ。
「とにかく、あなたは少し休みなさい、ティアリカ。その間のお世話は旦那様がしてくださるそうだから」
「え?」
レアが思わぬひと言をくれた。いや、なんで俺? ここは治療師であるプーレの方が──。
『……話を合せてください、旦那様』
──プーレの方が適任だと言おうとしたのだけど、それよりも早くレアが念話を飛ばしてきた。どうやらレアなりになにか考えがあるようだった。
「……まぁ、嫁の看病も旦那の仕事かな?」
返答の代りに頷いた。するとティアリカがわずかに唇を動かしていた。「ありがとうございます」と言ったみたいだった。どうやら見た目とは違い、意識ははっきりとしているのかな?
「というわけで私たちは邪魔をしないように外に出ましょうか」
レアのひと言に全員が頷いていた。カティは縋るような目をしていたが、シリウスに声を掛けられると渋々とだが頷くと、シリウスと手を繋いで部屋を出て行った。
残ったのは俺とティアリカだけになった。みんな足音が遠ざかって行き、足音が聞こえなくなった頃──。
「そろそろ大丈夫そうですね」
──ティアリカはため息混じりにベッドから起き上がったんだ。




